髙橋: 想念というほどのものではないのですが、最初に要介護認定の申請を役所にお願いすると、調査員の方が来るじゃないですか。
川内:そうですね。
髙橋:そのときに、父に対して長谷川式認知症スケール(認知症のスクリーニングテスト)に基づいた質問を行ったわけです。たとえば「今の季節は何ですか?」という質問。父は「季節」を「施設」と聞き間違えたんですが、「シセツじゃなくて、キセツです」と言われまして。
覚えてます。お父さんは「それは別にどうってことないです」と答えた。
髙橋:実は隣にいた私も「あれ? 今、季節は何だっけ?」と思ってしまって。地球温暖化のせいかもしれませんが、最近は季節感がない。季節としてどっちに向かっているのかわからなくなるときがあるじゃないですか。父が言うように、どの季節だろうが「どうってことない」ような気がしたんです。
川内:まったく、その通りです。
髙橋:あと、見当識(自分の置かれている状況や、周囲との関係を結びつけて考えることのできる認知機能)を試す質問で「ここはどこ?」と、私が父に質問したことがあって。模範的な答えは、自分の家とか、病院や施設というものになるのでしょうけれども、父に「ここはどこ?」と聞くと、「どこ?」と問い返し、「ここ」と答えると、「ここって、どこだ?」と逆に質問してきました。
これも虚を衝かれますよね。
髙橋:そう、私が最初に質問した「ここはどこ?」という質問が「ここってどこ?」という質問になって返ってきた。「ここはどこ?」の「ここ」はその場所を指しますが、「ここってどこ?」の「ここ」はひとつの概念ですよね。場所についての問いかけが、概念の所在についての問いになる。これってもしかすると認知症というより、ヘーゲルとかが言っていた哲学的な問題なんじゃないかと思った次第なんです。
とはいえ、親子の間だと、普通はイラっとくるところだと思うんですが。
川内:そうならなかったのはなぜなのか、じっくり伺っていきたいですね。
地域コミュニティが生きていた
そもそも髙橋さんが、お父さんを介護するようにきっかけは何ですか?
髙橋:2018年暮れに母が亡くなったとき、町内の民生委員の方が「お父さんは認知症ではないでしょうか? 相談にのりますよ」とおっしゃってくださいまして。「まずは要介護認定を申請しましょう」とアドバイスしてくれて、「地域包括支援センターの人が町内会で営業している喫茶店に来るから、そこでまず会って……」と何をすればよいのか全部教えてくれたんです。
川内:それはよかったですね。
髙橋:地域包括支援センターの方に相談したら、要介護認定の申請方法や介護サービスの種類などをひととおり教えてくれました。介護保険はシステムとしては複雑かもしれませんが、かみ砕いて親切に教えてくださったので、言われた通りに手続きをしました。近所でも「この人なら大丈夫」と評判の小暮さん(仮名)に、ケアマネジャーをお願いすることにして。
小暮さんは父と上手に話を合わせるし、こちらの質問に対してもテキパキと答えてくれました。父と話を合わせながら同時に私たちと段取りを進めるという神業のような会話のできる人でして。施設の利用については、「デイサービスを利用したり、老人ホームに入居しても、家に戻ってきてしまいそうなので、もう少し様子を見たほうがいい」ということでした。一度施設にご迷惑をおかけすると、再利用が難しくなるそうで。父の場合は「定期巡回・随時対応型訪問介護看護」(月2万円ほどの自己負担で、家に緊急通報用の電話が設置され、依頼すればヘルパーの家事援助や定期的な訪問看護の利用も可能)がいい、と勧められたんです。これが本当に有り難いサービスでして。
周囲が支え合う、コミュニティが生きている土地なんですね、どちらへんですか?
Powered by リゾーム?