観光客の滞在時間を延ばすため、「宿泊したい・滞在したい」と思わせる観光資源やインフラづくりに力を入れる観光地は多い。その解の一つとして注目を集めているのがアドベンチャートラベル(アドベンチャーツーリズム=AT)だ。ATは「アクティビティー」「自然」「異文化体験」の3要素のうち2つ以上を含む旅行スタイルの総称を指す。1980年代にニュージーランドで発達し、欧米を中心に環境意識の高い富裕層の人気を集めてきた。国内で先進地域に挙げられるのは北海道。中でも道内観光大手の鶴雅ホールディングス(HD、北海道釧路市)は阿寒湖を起点にATの取り組みを道内の他地域にも拡大しようとしている。

「ボッケの森」へ案内してくれた鶴雅HDの松本昌也常務執行役員。ツアーではガイドが阿寒湖畔の森の植生や地理について解説しながら案内してくれる
「ボッケの森」へ案内してくれた鶴雅HDの松本昌也常務執行役員。ツアーではガイドが阿寒湖畔の森の植生や地理について解説しながら案内してくれる

 「これは『ボッケ』と言います。地熱によって100度ほどになった泥が煮え立っています」「先ほど生えていたのはトリカブト。アイヌ民族が狩猟の時、矢じりに塗っていた毒の原料です」――。森を歩きながら、植物や地理について解説するのは鶴雅HDの松本昌也常務執行役員。この日はガイドとなって、記者を阿寒湖畔の温泉街に隣接する「ボッケの森」に案内してくれた。

 温泉街から徒歩5分ほどの場所には「ボッケの森」と呼ばれる遊歩道がある。ボッケとはアイヌ民族の言葉で「煮え立つ」という意味。灰色の泥が沸き立ち、辺りは硫黄のにおいが充満している。

泥火山の「ボッケ」。アイヌ民族の言葉で「煮え立つ」という意味の通り、泥が煮え立ち、辺りには硫黄のにおいが充満していた
泥火山の「ボッケ」。アイヌ民族の言葉で「煮え立つ」という意味の通り、泥が煮え立ち、辺りには硫黄のにおいが充満していた

 道内に13の宿泊施設を構える鶴雅HDが2018年から注力し始めたATの拠点が「鶴雅アドベンチャーベースSIRI(シリ)」。ここではトレッキングやフィッシング、森のガイドウオークまで現在は10種類前後のアクティビティーを楽しめる。

 松本常務が案内してくれたのは「ボッケの森ガイドウオーク」のツアー。森は1人で歩けば30分とかからない遊歩道だが、ガイドウォークでは2時間かけてじっくりと森の植生や地理、野生動物などについてガイドが解説しながら歩いてくれる。

 例えば、湧き水の出る場所などを案内するガイドウオーク「阿寒の森の水巡り」は約2時間半で9240円(税込み、以下同)、「阿寒湖・阿寒川フィッシング」は1日3万3000円、雌阿寒岳への登山は5万5000円(2人まで)と高単価なものが並ぶ。

 この価格には理由がある。「しかるべき料金設定でなければ事業が成り立たないし、継続することも難しい」と鶴雅HD傘下の鶴雅リゾートでアドベンチャートラベル事業を担当する高田茂取締役はその理由を語る。高田氏によると米国アラスカ州など海外であれば日本円で5万円、10万円のツアーも珍しくないという。

 当初はインバウンドが主要客になると見込んでいたAT事業だが、蓋を開けてみれば新型コロナウイルス禍の前から日本人が利用客の7割を占めている。事業の開始前は社外から価格設定に対して厳しい声も投げかけられたというが、最も人気のツアーは1万円前後のものでリピート率も5割弱と好評だ。

 同社は今後、支笏湖など宿泊施設を展開している他地域でも阿寒湖のようなATの拠点を整備する計画を打ち出している。かつての温泉街と言えば「料理」「温泉」「ホスピタリティ」「空間」がそろっていれば盤石だった。コロナ後はそれらに加えて新たな付加価値が必要と見越し、同社はATのコンテンツ充実を図ってきた。

 対外的なアピールの仕方も変わった。10年代まで温泉旅館としての魅力をPRしていたテレビCMは、今やATやワーケーションなど新たな旅行スタイルを訴求するものに変わっている。「社員で自社のホテルを『温泉旅館』と思っている社員はもういないだろう」と鶴雅HDの大西雅之社長は自社の変貌ぶりを語る。

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