初来日から60年弱。日本の魅力や観光業界の変遷(へんせん)を追い続けてきた東洋文化研究家、アレックス・カー氏は現在の日本の様子をどう捉えるのか。「日本はいつまでも留年だ」。そんな言葉に込められた意味とは。

アレックス・カー(Alex Kerr)氏
アレックス・カー(Alex Kerr)氏
東洋文化研究家 1952年米メリーランド生まれ。米エール大学日本学部卒業。海軍に所属していた父の影響で、米国外を転々とする。初来日は64年。73年に祖谷(徳島県三好市)で取得した茅葺(かやぶ)き屋根の農家をはじめ、日本国内で古民家を活用した滞在型観光事業を手掛ける。(写真:Peter Duong)

カーさんは日本に来られてから60年近くになります。日本について書かれた著書には、観光が「量」から「質」に転換することが大事だと説かれています。日本の観光産業にはどのような意識が必要なのでしょうか。

アレックス・カー氏(以下、カー氏):日本はある意味で、安売り観光に落ちてしまったね。僕は「B級観光」って言ってるんだよ(笑)。つまらないビジネスホテル、つまらないものが適当に出される温泉料理。「安ければいい」っていう悪循環に入ってきちゃって、B級で満足したわけです。2019年までは海外向けの観光の多くもB級だったんですね。

 僕が言うA級っていうのは、何も富裕層向けではないんだよ。僕は富裕層だけに向けた観光は反対だ、本当に。というのも、そもそも富裕層の数が少ないし、かつ一晩5万円とか10万円とかっていうホテルは不自然でしょう。

ではA級の定義とはなんでしょうか。

カー氏:例えば、1万5000円から2万、3万円くらいの値段で、それなりにきれいな施設に泊まれるのが「質がいい」ということですよ。質の良い宿泊、質の良い料理、それがA級なんだ。

 A級的なモノやサービスを求めている日本人も増えてきた。それが観光地にあるなら人は喜んで来てくれるよ。でも残念ながら提供されていない。だから「A級観光を目指そうよ」というのが僕の持論です。安いものが価値だっていうのが一つの固定観念になってしまっているのは残念ですね。

どうすればA級への意識が生まれるのでしょうか。

カー氏:勉強ですね。各地を回って、いいところを見る。「うちの徳島県の祖谷の宿に来いよ!」と言いたい(笑)。あるいは、少し奮発してでも一晩くらい星野リゾートに泊まってみようと。そうすると目が肥えます。いいものはこういうものだよ、っていうね。

 B級しか知らないデザイナーや事業者は結局、B級のことしかできないんですね。だから、お金を出して自分で見て、経験して、インバウンド(訪日外国人)だけではなくて、日本人がどういうものを求めているかを知る。

 僕はよく「現代人」という言葉を使います。価値観というものに日本人も外国人もないんだ。皆、「現代人」なんです。だから日本人が喜ぶかっこいい新しいタイプの喫茶店は、外国人にとってもかっこいい。案外、分かっている人が少ないけど、今の日本人が何を求めているかを知ることが大事なんですよ。

新型コロナウイルス禍で観光を巡る状況は大きく変わりました。日本が本来持っていた観光における地域としての強みや魅力は、コロナ禍を経ても維持されているのでしょうか。

カー氏:もちろんそうですよ。日本は世界ではかなり人気なんですね。最近、世界で一番行きたい国はどこかを聞いたアンケートで日本は第1位になりました。だから「日本に行きたい」という潜在的なニーズは大きいんですよ。

日本の何が世界で受け入れられているんでしょうか。

カー氏:いくつかあるんですけれども、一つはやっぱり日本の文化ですね。日本には宗教や芸能、芸術といったものがしっかり残っています。生き生きと残っている国はアジアの中でも少ないんですよ。ソフトタッチでユーザーフレンドリーな社会なんですな。人間関係に安定したムードがある。「おもてなし精神」とよくいわれるけれど、ホテルや旅館、温泉に行ったら客へのサービスがすごく気持ちよく受けられる。これは他の国ではなかなかできない経験ですね。

カーさんが日本に来られてからの間、そうした魅力は変わらず根付いて残っているとお感じですか。

カー氏:いや、変わらずとは言えないですよ(笑)。色々変わってきたし、薄められてきて、「危ないな」とか「今後はどうなのかな」という心配の種もあるんですよ。

 一番懸念しているのが日本の自然環境ですね。あるいは町並みの景観など。そういうところは50数年で大きな打撃を受けました。ですから、今まだ残っているものをいかに残すかというのは、日本の大きな課題ですね。

 それらは観光にも関わってきます。ただただニコニコしておもてなし精神があればいいってわけじゃないんですね。やっぱり町並みや山、川、森がきれいでなければ、いつか国としての魅力は減っていくと思いますね。

今あるものを残し、それを観光資源として使い続けていくと。

カー氏:そうです。残念ながら、それが最近は重視されていないと思うんですね。「昔からあったものだ。当然今でもある」とあぐらをかいている。でもみるみるうちに失われているのが現実なんです。

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