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清水雄也(しみず・ゆうや)
清水雄也(しみず・ゆうや)
京都大学宇宙総合学研究ユニット特定助教、科学哲学者。1986年、長野県生まれ。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程単位取得退学。一橋大学大学院非常勤講師などを経て現職。

 進行役の清野由美です。引き続き、清水雄也さんに「宇宙倫理学」のお話を伺っていきます。

澤本:ロシアによるウクライナ侵攻では、イーロン・マスク氏の宇宙企業「スペースX」が存在感を発揮しましたね。

清水:ロシアがウクライナの情報通信環境を機能不全にしようとしたところ、スペースXが「スターリンク」(人工衛星群によるインターネット接続サービス)を提供して、ネットにつなげるようにした。それによって、ロシアによる情報環境操作が阻まれ、自由主義国側による介入ないし制裁を思ったよりも早く受けることにつながったと思います。

澤本:よくも悪くも、宇宙が戦局を決め得る時代になってしまいました。

清水:この出来事は、有事の際に宇宙にあるアセットが重要なポイントになるということを広く知らしめるものでした。そこに絡んで存在感を発揮したのが国家ではなく民間の企業(家)だったことも、現在の宇宙状況を象徴しています。

澤本:ロシアは去年、衛星破壊ミサイルで自国の古い人工衛星を1個ぶっ壊して、問題になりませんでしたっけ。

清水:11月に破壊実験をしましたね。

ウクライナ侵攻と宇宙での破壊実験

 宇宙でもそんなことを? そういうことは、国際法でナシになっているはずではないですか。

清水:衛星破壊実験が明確に国際法で禁じられているかどうかは微妙なところかと思いますが、当然、国際的な非難を受けることは予想されますし、実際にそうなりました。その程度のことは分かった上で実行したはずです。で、その3カ月後にウクライナ侵攻ですから、そのタイミングに合わせてやったとのではないかと疑われますよね。

 どうせ国際社会にたたかれるなら、今、やってしまえ、と。

清水:そういうことです。それに、実際にその技術を用いる機会がすぐに来るかもしれないという考えもあったかもしれません。このあたり、私は専門家ではないので、あくまで素人の観察ですが。

澤本:ロシア以外の国で、そのような「やった者勝ち」は起きていますか。

清水:2007年に中国、2008年にアメリカ(本稿では米国を指します)、2019年にインドが、それぞれミサイルで人工衛星を破壊しています。衛星破壊の最大の問題は、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の発生です。大量のデブリが軌道上をぐるぐる回り続けることになる。小さなデブリでも、超高速で動いているので破壊力は大きく、宇宙活動に長期的かつ甚大なリスクをもたらします。

 宇宙ゴミの脅威については、第2回に詳しくお聞きしましたね。

清水:開発関係者は皆、デブリが将来の宇宙開発、宇宙利用にとって大きな危険になることに気付いていますが、現在の技術では容易には撤去できません。

澤本:ただ、第2回のお話では、デブリはまだ実際に大問題になるほどの数には達していない、ということでしたが。

清水:破滅的な自己増殖が生じるような状況には程遠いですが、すでに問題は生じています。実際にぶつかっちゃった事故もありますし、ぶつからなくても、その危険を避けるために活動を一時的に止めたり、回避行動を取ったりしなければならなくなった事例もあります。ISS(国際宇宙ステーション)は、デブリとの接近を避けるために位置をずらすということを何度もやっています。

 え、どうやるのですか。

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