ロジックで詰めて、俳優が越えていく

川村:そこが演出という仕事の特殊なところですよね。人がロジックじゃないところに到達する瞬間を見せるのが映画だと思っていますから。最後、僕がOKを出したら、原田さんは泣きくずれていましたが、限界を超えて演じてくれたのだなと、撮影スタッフも涙していました。

澤本:俳優の肉体性というものが大事だとすると、川村さんは菅田将暉くん、原田美枝子さん含めて、脚本を書く前から「この役は、この人たち」と思っていたんですか。

川村:原作の小説を書いていたときは、もちろんないですが、脚本を書くときは当て書きにしていました。準備段階ではロジックを詰めてやっていきますが、撮影現場では、その対極のプライベートでエモーショナルなものを俳優から取り込みたい。そういう僕の矛盾を託せる俳優じゃないと難しいんです。

 原田美枝子さんは認知症になったお母さまに、自分でカメラを向けて「女優 原田ヒサ子」(2020年)というドキュメンタリーを撮られています。実の母にカメラを向けて、それで監督デビューって、すごい人だなと。

澤本:うん、すごい。

川村:自分の愛する母が認知症になっていく様をずっと撮っていたのだから、芝居はリアルになるだろう。よし、それを全部いただこう、と。原田さんとお母さまとの出来事を聞いて、脚本に取り入れたりもしました。

澤本:さすがですね。

川村:菅田君はちょうど結婚する前のタイミングで、自分がだれかの夫になって、父になっていく、という人生の選択みたいなものを見つめていた時期。だから原作に共感してくれたところもあり、彼の中の不安みたいなもの、葛藤みたいなものについては、現場でもけっこう話し合いました。

澤本:俳優が心を開く――っていうか、そういう意思疎通は、すぐにできるものなんですか。

川村:最初、僕のイメージする主人公の「泉」と、菅田君のイメージする「泉」像が違っていたんですよ。僕が説明しても、「ちょっと分からないです」と菅田くんからはっきり言われて、あ、オレ、新人監督として洗礼を受けてるな、と思いました。

 そういうバトル的なものがあったときに、ちょうど雨が降ってきて、撮影が中断したので、ロケ場所の団地の畳の部屋で、こんこんと話し合って。そのときに、菅田君が感じている今の悩みとか葛藤とかが僕に伝わってきて、こうなったら、その実人生の感情をも取り込んでいこうよ、ということになったんです。

映画「百花」より 
映画「百花」より 

澤本:そういう手法もアリなんですね。

川村:原田美枝子さんなり、菅田将暉くんなりの実人生が入ってくると、作劇ロジックのフレームにドキュメンタリーが入って、既成のフレームを破っていく。そういう瞬間をつくり出すことも映画なんだな、と学びました。

澤本:先ほど川村さんが挙げた溝口健二ですが、僕は溝口の映画がめちゃめちゃ好きなんです。その川村くんの話は溝口映画に通じますね。

川村:溝口の徹底的に計算されたフレームから、京マチ子の人間性がはみ出していく瞬間。すごく豪華な矛盾が映像として結晶していますよね。そういうことをやれないか、とまさに思っていました。

澤本:僕、溝口健二の「近松物語」(1954年)が本当に好きなんです。矛盾するもの、相反するものを取り込んでいく監督のワザもさることながら、あれ、カメラワークが完璧なんですよ。特にトップカットがワンシーン・ワンカットのお手本。「百花」でも、最初に象徴的なワンシーン・ワンカットを見て、ああ、川村さんはカメラワークもすごく研究されているんだな、と感じ取りました。

川村:溝口、小津(安二郎)、成瀬(巳喜男)、そして黒澤と、日本のメジャー映画の巨匠は、さまざまなロジックをもって映画を作ってきました。それらはいま、なぜかインディペンデント映画の実験的な手法と目されるようになっているのですが、本来ならメジャーであり、王道の手法だと思うんです。

 僕が今までいろいろなジャンルの映画を作ってこられたのも、日本映画の巨匠が使った手法を頭の片隅で常に意識しているからだと、自分では思っています。

澤本:メジャーの手法だからこそ、多くの人たちに伝えることができる、というわけか。なるほど。

(構成:清野由美 次回に続きます)

映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会
映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会

『百花』

全国映画館で公開中、出演:菅田将暉・原田美枝子・長澤まさみ/北村有起哉・岡山天音・河合優実・長塚圭史・板谷由夏・神野三鈴/永瀬正敏、監督:川村元気、脚本:平瀬謙太朗・川村元気
公式サイト:https://hyakka-movie.toho.co.jp/

 母が記憶を失うたび、僕は愛を取り戻していく――。
レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、ピアノ教室を営む母・百合子(原田美枝子)は、過去のある「事件」をきっかけに、互いの心の溝を埋められないまま過ごしてきた。

 そんな中、百合子が認知症と診断され、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前さえ分からなくなってしまう。母子としての時間を取り戻すかのように、泉は母を支えていこうとするが、ある日、泉は百合子の部屋で一冊の「日記」を見つけてしまう。そこには泉が知らなかった母の「秘密」と「事件」の真相が綴られていた。

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