決め手は「集合的無意識」とつながるか否か

川村:映画の「百花」には、AIとCGによって生み出されたヴァーチャルヒューマン・アーティスト・KOEが出てきます。菅田将暉演じるレコード会社勤務の泉は、そのプロジェクトに関わってヴァーチャルアーティストを売り出す側にいます。目の前で記憶を失っていく母と向き合う一方で、職場では記憶を詰め込んでヴァーチャルヒューマンを作っている。それらを相対化したときに、どちらが人間らしいか、という問いも映画には組み込んでいます。

映画「百花」より 
映画「百花」より 

澤本:映画を見ると、記憶が欠損していくということは、実は人間らしさの象徴なんじゃないか、みたいなことを思いますよね。11月には川村さんの企画・プロデュースで、新海誠監督のアニメ映画「すずめの戸締まり」が公開予定ですが、川村さんが「これを作ろう」と踏み切るとき、どこを決め手にするんですか。

川村:一番は、自分が世間で生きている人間として「いま、こういう気分じゃないか?」という仮説があって、その気分にアプローチしたい、ということです。

 『仕事。』という対談集を作ったときに谷川俊太郎さんに言われて、すごくぴんときたのが「集合的無意識」という言葉です。人々が1つの大きい脳を、共有しているというイメージなんですが、例えば自分が今、嫌だと思っていることに対しては、自分以外の何万人、何億人も同じように嫌だと思っている、と。その逆で、「これを美しい」と思う感覚も、何万人、何億人と共有している。谷川さんは、その集合的無意識に詩を書くことでアプローチする。僕は物語を書いたり、映画を作ることで、それを行っている。

澤本:集合的無意識を意識して書く。

川村:自分がまず感じている、そのことに気づく、ということがとても大事だと思います。冒頭の話じゃないですが、家で映画を見るときに普通にスマホも見るようになっちゃったよね、と話題になって、そこからすごくこだわったカットを見逃されている、という映画人としての問題にぶち当たる。

 その問題を共有するのが僕以外の10人なのか、100万人なのか、1億人なのかは、ちょっと分からないけれど、その問題を物語や映像手法に変えて伝えることが僕の作り方なのです。

 個人的な問題意識なのか、集合的無意識に結び付くものなのか、その線引きはどう判断するのですか。

川村:まず、その問題に対して仲間が集まるかどうかですね。「百花」で言うと、映画にしようとしたときに、俳優の菅田将暉くんがすぐ反応してくれた。原作の小説を読んで、「読みながら気づいたら泣いていました」と電話をかけてきてくれたんです。「まるで他人事には思えなかった」と。

映画「百花」より 
映画「百花」より 

川村:菅田くんだけでなく、優れた脚本家、カメラマン、スタイリストたちが、「面白いですね」「こうやったら、もっと面白くなりますよね」と反応を示してくれる。自分が信じたことを信じてくれる人が集まってきて、アイデアというお土産を持ち寄ってくれる。そんな状況のときに、あ、いけるかも、と思い始めます。

(構成:清野由美 次回に続きます)

映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会
映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会

『百花』

2022年9月9日(金)公開、出演:菅田将暉・原田美枝子・長澤まさみ/北村有起哉・岡山天音・河合優実・長塚圭史・板谷由夏・神野三鈴/永瀬正敏、監督:川村元気、脚本:平瀬謙太朗・川村元気
公式サイト:https://hyakka-movie.toho.co.jp/

 母が記憶を失うたび、僕は愛を取り戻していく――。
レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、ピアノ教室を営む母・百合子(原田美枝子)は、過去のある「事件」をきっかけに、互いの心の溝を埋められないまま過ごしてきた。

 そんな中、百合子が認知症と診断され、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前さえ分からなくなってしまう。母子としての時間を取り戻すかのように、泉は母を支えていこうとするが、ある日、泉は百合子の部屋で一冊の「日記」を見つけてしまう。そこには泉が知らなかった母の「秘密」と「事件」の真相が綴られていた。

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