川村:対談の最終回に少しだけネタバレをすると、この映画って最後の最後だけ、カットバック(シーンの切り返し、カットを交互につなぐこと)をするんです。

ワンシーン・ワンカットの手法が、最後で一度だけくずれるんですね。

川村:あとアップがあるんです。

ずっと引きだったカメラが、最後に寄る。

川村:ワンシーン・ワンカットで引きを通してきたから、最後にアップが来て、見ている人が結末にぐっと引き寄せられる。という作り方をしているんです。

澤本:川村さんがご自分の映画について、一貫してお話をされているのは、ロジックの積み重ねがベースにあるということで、今の話もそうだと思うのですが、一方で、昨今はある意味データが最適だと指し示す法則にのっとって映像が作られる方向に、流れが行っています。その、データとロジックって混同されがちなんですが、まったく別の話だと僕は思っていまして。

澤本嘉光(さわもと・よしみつ) 電通グループ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、CMプランナー、脚本家。
澤本嘉光(さわもと・よしみつ) 電通グループ エグゼクティブ・クリエーティブ・ディレクター、CMプランナー、脚本家。
1966年、長崎市生まれ。90年、東京大学文学部国文科卒業後、電通に入社。ソフトバンク「白戸家」シリーズをはじめ、トヨタ自動車「ドラえもん」、資生堂、東京ガス、サントリー、家庭教師のトライなど、時代を代表する国民的CMキャンペーンを多数手がける。クリエイター・オブ・ザ・イヤー3回受賞。 脚本担当の映画に「犬と私の10の約束」(2008年、田中麗奈主演)、「ジャッジ!」(14年、妻夫木聡・北川景子主演)、「一度死んでみた」(20年、広瀬すず主演)ほか。小説『おとうさんは同級生』、乃木坂46などのMV制作など、幅広い分野で活躍。12年「日経ビジネスオンライン」の連載「澤本嘉光の『偉人×異人』対談」で、星野源、細野晴臣、細田守、佐渡島庸平、小山薫堂、糸井重里と対談。

川村:データ分析だけで広告を作ったら、結局、商品名連呼が一番効率的だ、みたいな話になっていきそうですね。

そうなると、ITによる進化どころか、むしろ退化ですよね。

見せることはできても、心が動くかは分からない

澤本:データに基づいて構築されていくCMが悪いとは思っていないんですが、例えば商品名を連呼されたから買うかっていうと、やっぱり買わないわけですよ。好きな俳優の顔が、次々と出てくるから見ちゃったけど、内容は覚えてない、というのもたくさんあるし。「見る」と「心が動く」は違うものなので、見せることはできても、心を動かせるかどうかは分かりません。

 人がものを買う理由は、連呼されたからではなくて、そのCMが気になったから。もっと言うと、好きになったから。そこを間違えると、まずいと思うんです。

川村:ちょっと横道になりますが、連呼型CMを大成功させたのが、僕ら2人の憧れの人、佐藤雅彦さんでしたね。

澤本:佐藤さんの場合は、その連呼をどのタイミングでやるか、どのトーンでやるか、どの程度やるか、という、少しでもずれてはいけないような細かい戦略的な設定があった。

川村:最近はデータ至上で、「属人的な判断を排する」考え方で作られたものも多いですが、佐藤さんは属人的な判断を駆使して、商品を大ヒットさせていました。

モルツ、モルツ♪や、ポリンキー、ポリンキー♪は、我々世代の脳にまんまと植え付けられていて、一生忘れない気がします。

川村:例えば(澤本さんの)ソフトバンクの白戸家シリーズにしても、事前にデータを取って、〇秒で何をして、というフレームでは、犬のお父さんなんてものは出てこないですよね。

澤本:出てくる余地がないですし、面白くなりようがないですよ。仮に全体調査を取ったデータ上の数字は少し低くても、ある個人がむちゃむちゃ好きな内容の方が、結果、記憶に残る。そして、買う。という経験値は自分の中には根強くありますね。広さと深さの問題、というか。

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この記事はシリーズ「澤本嘉光の「異人探訪記」」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。