(前回から読む
澤本嘉光さん(左)、川村元気さん(右)(写真:大槻純一、以下同)
澤本嘉光さん(左)、川村元気さん(右)(写真:大槻純一、以下同)

川村 元気さん(以下、川村):いま、スマホのアプリには、ものすごく魅力的で中毒性のあるコンテンツがあふれていますよね。瞬間的な速度で面白い映像が次から次へと出てくる。たくさん見てもらう、という点で、それらと映画を比較したら、短期的には映画が負けます。だけど、果たしてそれらの映像は人間の記憶に残っていくか。

 人の人生に根深く残る、ということに焦点をあてると、映画のアドバンテージは大きいと、僕は確信しています。

澤本 嘉光さん(以下、澤本):映画は見る場所と環境によって、だいぶ印象が違ってきますよね。映画館だとスクリーンがでかいから、画面全部ではなくて、どこかに視点を定めて見ている。

 これ、あくまでも僕の場合で、大きなスクリーンでも細部まで識別できる視力を持っている人は違うかもしれませんが、でも、パソコンやスマホだと、そのような視力を持っていない普通の僕でも、一度に全部が見えるじゃないですか。

スマホ画面は一度に全部見えますが、老眼になると、逆にそれがつらいです。

澤本:いや、老眼は置いておいて、映画館、テレビ、パソコン、スマホ、タブレットと、さまざまな環境とサイズでスクリーンが用意されるようになると、どの場所、どのデバイスで見るか、という選択を迫られるようになる。

映画館のスクリーンは、選択肢の中で一番大きい画面ですよね。

スマホを見ないで済むレア空間

澤本:映画館では、その事象が自分の目の前で起こっているかのように見えますよね。映画館に行く人は、そのような「視線の選択」を無意識に行っているんじゃないかと、僕は思っていて。観客が、そういう見方をしたい場所が映画館なのだと思います。

川村元気(かわむら・げんき) フィルムメーカー・小説家
川村元気(かわむら・げんき) フィルムメーカー・小説家
1979年、横浜市生まれ。「告白」「悪人」「モテキ」「おおかみこどもの雨と雪」「君の名は。」「怒り」「天気の子」「竜とそばかすの姫」などの映画を製作。2010年、米The Hollywood Reporter誌の「Next Generation Asia」に選出、11年、藤本賞受賞。12年、初の小説『世界から猫が消えたなら』を上梓後、『億男』『四月になれば彼女は』『神曲』などの小説や、宮崎駿、坂本龍一ら12人との対談集『仕事。』、翻訳を手がけた『ぼく モグラ キツネ 馬』などを発表。22年9月9日、自身の小説を原作とし、脚本・監督を務めた映画「百花」(菅田将暉・原田美枝子主演)が公開。現在製作中の「すずめの戸締まり」(新海誠監督)が11月11日に公開予定。

川村:前回にお話しした通り、「百花」は溝口健二の映画を研究したことが土台にあります。溝口に限らず、黒澤(明)、小津(安二郎)という巨匠たちの名作は、基本的に映画館で見るしかないという時代に作られている。

澤本:映画を見るには映画館しかない、という時代の映画ですよね。

川村:だから、見る方はすごく集中して作品世界に入ったのだ、と僕は考えたんです。そしていま、スマホを持たないで見る、という大前提が映画館にはまだある。そこは強く意識しましたね。

澤本:すると、映画館に来てもらわないと困るわけですよ。

川村:困りますね(笑)。

澤本:映画館のスクリーンは大きいので、観客それぞれの視点は結構、分散していると思います。「百花」は、一人ひとり、見ているところが違っていて、その集積として最終的な印象が決まっていく作り方をされていますよね。

 だから何でしょう、僕は別に川村さんの回し者ではないのですが、「百花」は映画館で見た方が、この“実験”に参加する意味があるような気がしますね。

映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会
映画「百花」より (c)2022「百花」製作委員会

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