川村:そうなんです。「音楽を映画に密接に関係させる」というテーマが、自分の中で、よりはっきりと出てきたわけです。それによってフィルムメーカーとしては寿命が延びたと、いうことは感じます。
澤本:「バクマン。」は全編サカナクションの音楽で通していて、あ、こう来るかと驚いたことを覚えています。僕、サカナクション、大好きなんです。
川村:音楽をどう関係させるかが、映画にとっては重要だということが自分のテーマになっていくと、既存の映画音楽の形式ではなく、例えば「バクマン。」とサカナクション、「君の名は。」とRADWIMPSという組み合わせをやってみようと思うようになって。
澤本:「君の名は。」のようなアニメのアウトプットも、“新人”として取り組んだんですか。
川村:はい、その前に「おおかみこどもの雨と雪」(12年、細田守監督)で、また一から勉強をした感じです。実写の作り方と、アニメーションのそれはまったく違いますので。
澤本:そこで勉強できたことって、何ですか。

アニメと実写の往復でそれぞれの武器を学ぶ
川村:アニメーションって、すべてが絵の積み重ねだから、アングルが大事なんだ、という発見ですね。シンプルだけど、僕にとっては大きな気付きでした。そして、いかに実写映画が俳優の肉体や自然の情景に救われているのかが分かった。そうやって、アニメで新しい発見を重ねながら、今度は実写の武器も再認識しました。
澤本:バーチャルが発達する世の中で、人間の肉体性が置き去りになりがちですが、そこはやっぱり大事なんですね。
川村:あともう一つ、実写のアドバンテージを言うと、ワンシーン・ワンカットのような手法で緊張感を生むこと。アニメではワンシーン・ワンカットで絵のクオリティをキープするのは、至難の業ですので。
澤本:「百花」は認知症と診断されて、次第に記憶を失っていくお母さんを原田美枝子さんが、その息子を菅田将暉くんが演じています。お母さんはピアノの先生なんだけど、認知症が進むにつれて、そのピアノも弾けなくなっていく。日常が変わっていく緊張感や、当事者の不安や戸惑いが、ワンシーン・ワンカットで伝わってきますね。
川村:今回の「百花」では、いわゆる映画音楽は一切付けないようにもしたんです。原田さん演じるお母さんがピアノで弾く「トロイメライ」や「プレリュード」という誰もが知っているメロディが、認知症の人の頭の中で1回忘却され、瓦解して、もう一度新たな美しいメロディとして再構築されるという、物語を象徴するような映画音楽を生み出し、付けています。

澤本:ああ、なるほど。詳しいことは、これから映画を見る方のために控えますが、認知症をテーマにしたのは何かきっかけがあったんですか。
川村:6年前に僕の祖母が認知症になり、徐々に記憶を失っていく様子と向き合った体験が大きいですね。祖母は最終的に僕のことも忘れてしまって、それは悲しかったけれど、祖母と話しているうちに僕自身だっていろんなことを忘れていたり、記憶を書き換えていたりすることに気付いた。この「記憶違い」というのは、感動的なドラマにもなるし、ミステリとしてのどんでん返しにもなりうる。それで、あのラストシーンを思いついた。どんなに些末なものでも、記憶はその人に根付いていて、その人を形成している。そんな実感から生まれた作品です。
澤本:実写、アニメ、小説と、川村くんの今までの発見が全部、詰まっていますね。
(構成:清野由美 次回に続きます)

『百花』
2022年9月9日(金)公開、出演:菅田将暉・原田美枝子・長澤まさみ/北村有起哉・岡山天音・河合優実・長塚圭史・板谷由夏・神野三鈴/永瀬正敏、監督:川村元気、脚本:平瀬謙太朗・川村元気 公式サイト:https://hyakka-movie.toho.co.jp/
母が記憶を失うたび、僕は愛を取り戻していく――。
レコード会社に勤務する葛西泉(菅田将暉)と、ピアノ教室を営む母・百合子(原田美枝子)は、過去のある「事件」をきっかけに、互いの心の溝を埋められないまま過ごしてきた。
そんな中、百合子が認知症と診断され、泉の妻・香織(長澤まさみ)の名前さえ分からなくなってしまう。母子としての時間を取り戻すかのように、泉は母を支えていこうとするが、ある日、泉は百合子の部屋で一冊の「日記」を見つけてしまう。そこには泉が知らなかった母の「秘密」と「事件」の真相が綴られていた。
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