そのあたりは、澤本さんが手がけたソフトバンク「白戸家」のような、犬のお父さんが家族の中でしゃべる、という瞬発的な方法論とは違いますよね。

川村:たった15秒で「面白い」と思わせる才能は、僕にはまったくないので、澤本さんの作品には毎回驚きます。僕がCMをやっても、起承転結で90秒はかかるでしょう。

澤本:川村さんがすごいのは、映画のプロデュースから始まって、小説も絵本も広告も、何でもできることと、それらすべてで通常の基準をはるかに超えたものを作ってしまうところですよ。9月公開の映画「百花」では、原作・脚本・監督と、もうすべてやっていますよね。

川村:監督は僕にとって、はじめてでした。

映画「百花」より  (c)2022「百花」製作委員会
映画「百花」より  (c)2022「百花」製作委員会

何かを伝えるなら、「○○術」より小説だ

澤本:すべてをやれる人だということは、もとから知っていましたが、「百花」で本当に全部やっちゃったな、と。川村さん自身も、どこかで全部やりたいという気持ちはあったんですか。

川村:佐藤雅彦さんと4年前に「どちらを選んだのかはわからないが、どちらかを選んだことははっきりしている」(のちに「どちらを」に改題)という映像手法にまつわる短編映画を撮って、それでカンヌ映画祭に行ったときに、もしかしたら「百花」をユニークな手法で映画にしたら面白いかもしれないと思ったんです。僕の場合、こうやって誰かからインスパイアを受けて、はじめて動き始めるタイプで、実はあまり能動性はないんですよね。

 いや、能動性、めっちゃある方だと、みんな思っていますが。

川村:基本は全部、人から言われて考え始める、というスタイルなんです。はじめて小説を書いたときも、当初は小説を書くつもりではありませんでした。

 12年刊行の『世界から猫が消えたなら』ですね。

川村:あれは最初、「“企画術”の本をやりませんか」ということで、マガジンハウスの編集の方が僕のところにいらしたんですよ。

 『川村元気の企画術(仮)』から『世界から猫が消えたなら』は、すごい飛躍ですね。

川村:そのころ僕のもとには、企画術をはじめビジネス書方面のオファーがいくつか来ていたのですが、何を書いたらいいか分からずお断りしていました。企画術を書くほどたいした手法が、自分にあるようにも思えませんでした。

編集Y:いやいや、横入りしてすみませんが、川村さんになら企画術をぜひ書いていただきたいと、編集者なら誰でも思いますよ。

川村:「聖書」という世界で一番読まれている本がなぜ物語形式なのか。僕の興味はむしろ、そっちにありました。そのことをずっと考えていて、自分の考えを伝えるのならば物語形式なのではないかと。聖書から僕が学んだのは、物語というものが一番人の心に残るということだったんです。

澤本:キャラクターがいて、ストーリーが展開していくという形ですね。

川村:何かを伝えるときは「〇〇術」ではなく、物語化をすべきじゃないか――という考えをその編集者としゃべっているうちに、じゃあ、小説にしましょうと話が転がっていったんです。

 振り返ると、あれは単純に編集者という人たらしに乗せられた(笑)。文章が下手、とか、映画でうまくいっているのに、わざわざ小説なんて、とか、人からさんざんに言われるだろうな、と思いながら書きました。

小説で開いた、音楽への視点

 それでも書かれたのは、どういう動機があったのでしょうか。

川村:そのときまで「告白」「悪人」など映画を10本ぐらい作っていて、だいたいこういうふうにやればうまくいくかな、みたいな思い込みのようなものができていて、危なかったんです。新しいことを勉強して、もっと自分のチャクラを開かせないとやばい、という危機感は持っていて、新人になれる機会が必要でした。小説なら新人だし、絶対に恥をかくだろうな、と。

澤本:チャクラ、開きました?

川村:『世界から猫~』を書いているとき、ここに音楽を流せたら素敵なのに、と思った瞬間に、ああ、映画のアドバンテージって音楽なんだ! という発見がありました。とても当たり前のことなのですが、当たり前すぎて見失っていた。それは、僕にはすごく大きな体験でした。

澤本:そうか、その前後に「モテキ」(11年、大根仁監督)、「バクマン。」(15年、同)、「君の名は。」(16年、新海誠監督)って、音楽が欠くことのできない映画を連続して作りましたよね。

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