世界的な原材料の高騰、ロシアによるウクライナ侵攻、そして急速な円安といったさまざまな要因で、今、値上げが相次いでいる。そしてその波は、食料品、日用品、外食といった身の回りの商品やサービスはもちろん、今やビジネスチャットツールのSlackなど、一見すると原油高や円安とは関係なさそうな、あらゆる業界にまで到達している。

 企業からすれば、今はまさに値上げの好機だろう。消費者の理解も比較的得やすく、ニュースも埋もれがちだ。そこで今回は「顧客が離れない値上げ」について、特にサブスクリプションサービスを事例に解説する。

秀逸だったNetflixの値上げ

 最初にNetflixの事例を紹介しよう。2021年2月5日に行われた値上げは非常に秀逸だった。値上げしたプランは、ベーシックプランとスタンダードプランの2つ。ベーシックプランは月額880円から990円に値上げされている。これについて筆者がシミュレーションしたところ、顧客数はたったの2%減にとどまり、売り上げは10.2%も増加していることが分かる。

注:Pricing Sprintのシミュレーション機能を用いて作成
注:Pricing Sprintのシミュレーション機能を用いて作成
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 スタンダードプランも見てみよう。スタンダードプランは1320円から1490円へ値上げされている。同様にシミュレーションをしたところ、こちらも同様に顧客数は約3%減にとどまり、売り上げは約10%増加している。

注:Pricing Sprintのシミュレーション機能を用いて作成
注:Pricing Sprintのシミュレーション機能を用いて作成
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 このシミュレーション結果を見るとなぜ、この金額に決めたのかが分かる。さらに価格を上げると、ベーシックプランの場合約12%、スタンダードプランの場合約14%の顧客が解約するためだ。このように価格には、これ以上値上げすると、大幅に顧客が離れるライン(これを価格の閾値と呼ぶ)が存在する。この閾値を見極め、絶妙なラインで値上げをできるかは、値上げの際の1つのポイントだ。ちなみに、プレミアムプランは閾値ギリギリの価格になっていたため、値上げは行われていない。

(写真:ロイター/アフロ)
(写真:ロイター/アフロ)

 なぜ、値上げによってこれだけ巧みに売り上げを増加できたのかについては後述するが、値上げを戦略的に実行することが、収益改善に対して非常に効果的なレバーとなることが分かるのではないだろうか。昨今の企業の値上げのように、原価が高騰したからなどのネガティブな要因でやむなく行う行為とは限らないのだ。

 実際、価格を1%上昇させることによって企業の営業利益は23.2%上昇するという調査結果が得られており、コスト削減や販売数量拡大よりも営業利益向上に貢献する。

出所:『マッキンゼープライシング』(ダイヤモンド社)
出所:『マッキンゼープライシング』(ダイヤモンド社)
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Apple Musicの値上げ戦略

 続いてApple Musicを見てみよう。Apple Musicは学生プランをこれまでの月額480円から580円へと値上げし、日本国内において対象者すべてに適用する。

 ただし、オーストラリア、フィリピン、シンガポール、マレーシア、サウジアラビア、ニュージーランド、インド、南アフリカ、インドネシア、イスラエル、ケニアなど、他国も値上げされるようで、金額は月額4.99ドルから5.99ドルの1ドル値上げとなる。このことから厳密にローカライズされた値上げ幅での値上げを行ったというより、一律で顧客離脱がなく収益を上げることができる値上げを行ったのだろう。

 というのも、当社が行った調査のグラフから読み取れるように、679円までは値上げしても顧客数が変わらない。つまり、本来なら670円にするのがセオリーだが、あえて580円でとどめたのは1ドルの値上げに水準を合わせたのだろう。

注:アンケート対象=日本全国の男女、アンケート実施期間=2022年7月27日~8月2日、サンプル数=890人
注:アンケート対象=日本全国の男女、アンケート実施期間=2022年7月27日~8月2日、サンプル数=890人
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 今回の値上げでは、解約者は5%にとどまっていると推定できる。その一方で値上げ幅は約20%であり、Apple MusicもNetflix同様、値上げによる収益アップに成功している。

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