前々回の「ダイナミックプライシングは安易に導入すると失敗する」ではダイナミックプライシングについて解説した。今回は、ダイナミックプライシングとよく似た概念である「一物多価」について解説するとともに、そのメリットについて考えてみよう。

 「一物多価」を語る前に、まず経済学における法則「一物一価」について触れておく。これは1つの物に単一の価格のみが存在することを意味する。これまでの値付けの主流は一物一価であった。現在では、世の中にある多くの物は一物一価の手法で値付けされている。

 「一物多価」とは「一物一価」から派生して生まれた概念で、単一価格の一物一価に対し、一物多価では同一の商品がさまざまな価格で売られている状態を指す。例えば、時期によって価格が変動するホテルや航空券などが一物多価の例に挙げられる。

 一物多価という考え方が生まれてきた背景には、一物一価が持つ、ある「欠点」が関係している。

「定価」の欠点とは

 図1のグラフは、ある商品に対して価格ごとに何%の顧客が買ってくれなくなるのかを表したものだ。これを見ると、8000円や1万円に大きな壁があることが分かる。7999円から8000円にすると10.8%の顧客の検討から外れ、9999円から1万円に値上げすると実に23.4%の顧客が検討外にしている。

[画像のクリックで拡大表示]

 一物一価の場合、固定の価格、つまり定価を設けることになる。ここで1万円を定価にすると検討対象となる顧客は全体の約3割にまで絞られる。一方で8000円にしてしまうと、1万円でも買ってくれる約3割の顧客からは「高く取れない」という機会損失が発生する。このように、「一物一価」では、複数の顧客ターゲット層が持っているはずの収益を同時に得ることができない。売り上げの極大化を目指すマーケットにおいて、一物一価の持つこの特徴は大きなデメリットだ。

収益最大化というメリット

 一方、一物多価は収益を最大化できるという特徴を持つ。これは一物多価が、「多くは売れないけれど高単価」と「多く売れるけれど低単価」で生まれる、いずれの収益も取り込める仕組みであるためだ。

 図2を基に詳しく解説していく。1日に500個販売できる商品Aがあるとする。図内の三角形の斜線は売り上げ反応曲線といい、価格がいくらのときにどのくらいの個数が売れるのかを示している。もし0円で販売したら500個が完売するが、もちろん売り上げは0となる。より大きな売り上げを上げるために価格を徐々に上げていくとそれに伴って売れ行きが落ち、最終的に2000円まで上げたときに販売数は0になる。この三角形の面積が潜在的な売り上げとなり、底辺×高さ÷2で 50万円となる。

[画像のクリックで拡大表示]

 仮に定価を600円として販売したとすると、600×350=21万円が売り上げとなる。これは潜在的な売り上げである50万円の半額にも満たない値である。つまり「一物一価」の場合には潜在的な売り上げに対して、実際に得られる売り上げに限界があり、販売側からすれば収益の取りこぼしが生じているといえる。ちなみに、900円で販売した場合の売り上げは約24.7万円、400円で販売したときの売り上げは16万円となり、いずれも50万円には程遠い数値となることが分かる。

 では本題の「一物多価」で販売するとどうなるのだろうか。900円、600円、400円の3種類の価格設定をしたとする。この場合、潜在的な売り上げの合計値は約31.5万円となる。これは、それぞれを定価と仮定した場合のどの売上額よりも大きな数字である。

 このように「一物多価」で販売すると、「一物一価」と比較して売り上げが高くなる。もちろんこれは潜在的な売り上げに対する比較であり、実際の売り上げとは異なるが、理論上、「一物多価」で販売した方が収益が上がるということだ。

次ページ 重要なのは付加価値