またアリエールのジェルボールは、粉末洗剤や液体洗剤で洗濯をする際に計量を手間と感じている人や、液体洗剤の詰め替えが面倒と思う人がいること、洗剤の投入や詰め替えの際にこぼしてしまうと煩わしいといった事実に基づいて開発された。「時短できる洗剤」としてヒットした同商品だが、洗濯のプロセスから「計量」をなくすことによって、時短を実現しただけでなく洗濯の際の精神的な苦痛を取り除いていたのだ。競合が洗浄力で競争する中、消費者の消費行動を深く考えることによって生まれた商品といえる。

 このように、現在メーカーが置かれている状況を打破するには、単なる値上げではなく、リサーチと分析を通じて、顧客メリットに基づいた新たな販売機会・収益機会を発掘することが非常に重要となるのだ。

危険なステルス値上げ

 注意してほしいのは、上記の2社の施策が、価格は据え置いたまま、こっそり内容量を減らす「ステルス値上げ」とは意味合いが大きく異なる点だ。

 どちらも実質的な値上げであることは変わりない。しかし、UX(ユーザーエクスペリエンス、ユーザー体験)という観点ではまったく違う。コカ・コーラやジェルボールは顧客の使い方に即した形状や容量を生み出し、製品の利便性が高まっている。

 一方、ステルス値上げはただ中身が減っているだけであるため、損失感を与えるだけでなく、場合によっては「量が足りず満腹感を得られないため、別のお菓子も購入した」というように、消費者が求めるもともとの価値さえも満たせなくなる可能性もある。

 その証拠として、コカ・コーラやジェルボールに対してはネット上でポジティブな意見が非常に多かったのに対し、ステルス値上げがなされた製品に対しては非常にネガティブなコメントが多い。

 消費者が高いと感じる金額、安いと感じる金額は、その製品の価値や製品・サービスから得られる体験が強く影響する。誰もが今日食べたランチの原価がいくらなのかは把握していないように、その製品やサービスの原価がいくらであるかは消費者の感覚にほとんど影響しない。つまり、ニーズに合った形で製品やサービスが提供されれば、消費者はより高い金額を好んで支払う。だからこそ、ステルス値上げのほとんどは消費者から嫌われ、コカ・コーラやジェルボールは消費者から好感を得たのだ。

 少なくとも今後数年間は原材料が高騰する流れは続くと考えられる。そのたびに「価格」だけを上げたり、「量」だけを減らしたりしていては、卸・小売り・消費者の納得は得られない。単純な値上げやステルス値上げではなく、顧客の消費量や販売チャネルごとの消費行動を分析した上で、「価格」だけでなく「容器」や「容量」を工夫するなどしてUXを改善し、顧客メリットに基づいた新たな販売機会・収益機会を発掘する。そのことが、原材料高騰に耐える1つの打ち手になるのではないだろうか。

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