2020年、オプトホールディングは社名をデジタルホールディングスに変更しました。社名の変更は、何を意味するか。自分たちが心血を注いでつくり上げてきたブランドを捨てるようなものです。

 ただ、それでも社名変更に至った背景には、「このままでいいのだろうか」という私の強い危機感がありました。会社の将来に対して焦りを感じ始めたのは、スタートアップ投資を始めた影響が非常に大きかった。スタートアップ投資は、およそ5~10年後の世界を映し出していて、時代を先取りしています。

(写真:的野弘路)
(写真:的野弘路)

 14年ぐらいに複数のスタートアップ企業の方々と会っていると、「世の中はこちら側に向かうだろう」という方向性が見えてきました。この世界をオプトグループに取り込んでいかなければ生き残れない。その危機感が結果として社名の変更や、今のデジタルシフト事業への傾注に結びついています。

 この会社が広告事業で勝負すべきか、5~10年後訪れる社会の変化も取り込むべきか、社内で幾度となく議論を重ねました。スタートアップ企業と日々接することによって5~10年先の未来を見ている私からすると、必ず向かわなければならない未来です。

 そうこうしているうちに、デジタルシフトの需要が高まり、オプトの顧客からも広告以外の相談がポツポツと出始めました。会議資料などに少しずつ「デジタルシフト」や「デジタル産業革命」といったワードは出してはいたものの、まだ既存の広告事業から振り切っていませんでした。世の中も、市場も、容赦なく変わっていく。

 私には、焦りがありました。鉢嶺(登・オプト創業者)との変革についてのディスカッションを経て、デジタルシフト事業に大きくかじを切り、その事業をイメージできていた私がCEO(最高経営責任者)となり、社名も「デジタルホールディングス」に変更しました。

(前回「起業家と事業家、その役割と分担を考える」は事業家と起業家の違いについてお話しさせていただきましたが、事業家は特に、こうした危機意識を持つ習慣やそれに対する行動力を持つ必要があります。ただ、その醸成は一朝一夕にはできません。変革への対応は組織だけでなく、率いるトップの経験がものをいいます。それは私にも当てはまります。

 もちろん、私もここまで順風満帆に経営者街道を歩んできたわけではありません。最初に訪れた危機は00年に私が出した大赤字。会社を潰しそうになったことがあります。

 その時にたくさん手掛けていた事業をいったん整理して広告事業に絞り、その分野を熟知している海老根(智仁・元オプト会長)がトップに就きました。「3年後に売り上げ30億円、利益3億円で上場する」という「333計画」をつくり、経営チームとしてコミットしたのです。

 今思えば、あの時の一体感や苦楽を共にしている感覚がとても大事だったのかもしれません。あの経験がなければ、デジタルホールディングスへの転換や今の状況はないでしょう。

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