2040年に新車をすべて電気自動車(EV)または燃料電池車(FCV)にすると宣言したホンダ。車の開発現場では、これからのホンダの成長を担うEVの開発に技術陣が悪戦苦闘している。“売れるEV”とはどんなものなのか。その答えを探る過程で、時にはこれまでの車づくりの「常識」とぶつかることも。人も組織も変わることが求められている。

■連載ラインアップ
(1)ホンダの決断 ソニーとEV連合、激動の時代へ変革急ぐ
(2)ホンダ三部社長、ソニーとのEV新会社「テスラと十分に戦える」
(3)孤高では生き抜けないEV大競争 ホンダが選んだ「現実主義」
(4)もがくホンダ技術陣、EV開発でぶつかった「思い込み」「経験」の壁
(5)電動二輪車でも反撃へ 王者ホンダ、牙城死守へ新たな「生態系」
(6)「F1より難しい」 ホンダが「空飛ぶクルマ」で目指す真の革新者
(7)ホンダ、盟友GMがつないだLGとの縁 北米でEV電池を合弁生産
(8)稼げなくなったホンダの四輪車 拡大戦略のツケを払った八郷改革
(9)宗一郎がホンダに残した道しるべ 車ではなく、未来をつくる

生産ラインを流れるホンダの中国向けEV「e:N(イーエヌ)S1」。2022年春、ホンダは中国向けにEVの「e:N(イーエヌ)」シリーズを立ち上げた
生産ラインを流れるホンダの中国向けEV「e:N(イーエヌ)S1」。2022年春、ホンダは中国向けにEVの「e:N(イーエヌ)」シリーズを立ち上げた

 中国南部の広東省広州市にあるホンダの研究開発(R&D)拠点、本田技研科技。中国市場向けの四輪車開発を担うこの場所で、エンジニアたちは頭を悩ませていた。

 彼らのミッションは、「ホンダ」ブランドとして初めて中国で発売する新型EVを開発すること。2018年に開発責任者(LPL)に就任した三谷哲也氏が主導し、どんな車をつくるべきか、そのコンセプトを決めるために知恵を絞っていた。

 初めに定めたグランドコンセプトは「宇宙感EV」だ。開発チームのメンバーにEVのイメージを問い「やっぱり宇宙だ」という答えが返ってきたことが起点となった。先進的で未来的な先端知能を有した車。音のしない静粛性はゼログラビティー(無重力空間)を想起させる。そんな発想で未来の車を考え始めた。

 「EVとして何ができるか」
 「EVには何が求められるか」

 開発の序盤、エンジニアたちは「EV」という2文字に鼻息を荒くしていた。主だった自動車メーカーの中で最後発に近いホンダが出すEVが並大抵のものではいけないという焦燥感もあった。

 「最新鋭の未来的な乗り物をつくらないといけない」「高度な技術・機能をふんだんに盛り込まねばならない」――。中国の地場新興メーカーが相次いで新型EVを発表するのを横目に、三谷氏らはいつしかそんな考えに縛られていたのだろう。

 やる気が空回りし、開発は壁に突き当たった。そんな中、現地トップの井上勝史常務執行役員中国本部長が「自分たちの車作りをしよう」と投げかけたことをきっかけに、先進知能化や技術の競争ではなく、地に足付いた開発を進めなければと立ち返った。

 新たに練り上げたコンセプトは「心動 未体験EV」。人の心を動かすEVをつくると軌道修正したことで、開発は再び動き出した。中心を担ったのは現地で採用された中国人エンジニアたち。制御技術や基盤技術の開発、車両評価などは日本で行うが、設定や仕様、搭載する機能は現地スタッフが答えを出していった。

最大の敵はクルマづくりの「経験値」

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