岸田文雄政権が2022年12月、国家安全保障戦略など新たな安保関連3文書を閣議決定した。相手国のミサイル発射拠点を攻撃する「反撃能力」を保有し、防衛費をGDP(国内総生産)比で2%に倍増する方針を明記した。厳しさを増す安全保障環境の下で、米国に頼るだけではなく自立した防衛体制の構築を目指す狙いだが、日本の安全保障政策の展開には防衛力の強化や防衛費の増額にとどまらず、外交をはじめとする総合的な政策手段の組み合わせが重要だ。大きな転機を迎えた日本の安保戦略における外交の意義や今後の優先課題とは何か。外務省総合外交政策局の高羽陽安全保障政策課長に聞いた。

高羽陽[たかば よう]
高羽陽[たかば よう]
1995年東京大学法学部卒、外務省入省。外務事務次官秘書官、北米局北米第2課長を経て2018年1月から菅義偉官房長官秘書官。20年9月から菅首相の秘書官を務め、21年10月から総合外交政策局安全保障政策課長(写真:都築雅人、以下同じ)

岸田文雄政権が昨年12月、国家安全保障戦略など新たな安保3文書を閣議決定しました。日本の安全保障政策は国内政治上の最大の論点の一つであるとともに、国際社会からも大きな注目を集めています。ただ、日本国内では「反撃能力」の保持や、防衛費の相当な増額、そのための財源確保策に関心が集まっているように見えます。外務省の見地から、この3文書の意義についてお聞かせください。

高羽陽・外務省総合外交政策局安全保障政策課長(以下、高羽氏):そもそも「安全保障(security)」とは、外的な脅威に対して、様々な手段で予防・対処することで国家と国民の安全を守る概念であり、軍事によって国を守る「防衛(defense)」よりも広い概念です。この「安全保障」を実現していく上では、国の守りを固めておくことも当然重要ですが、同時に、外交の力によって、日本にとって望ましい安全保障環境を創り出し、脅威の出現を未然に防ぐ、いわば「戦わずして勝つ」ことが極めて肝要です。

 今回の国家安全保障戦略では、ますます厳しさを増す安保環境の下で、我が国が持てる国力を総合し、あらゆる政策手段を組み合わせて対応していく必要性が強調されています。そうした総合的な国力を構成する要素として、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力の5つが明示され、特に「外交力」が第一に挙げられていることは重要だと考えています。このようにDIME(Diplomacy、 Information、 Military、 Economy)の要素を有機的に組み合わせて安全保障戦略を練り上げるアプローチは、いまや世界の潮流となっています。

 戦後の日本では、防衛力よりも経済力に重きを置いてきた歴史的経緯もあり、防衛力整備が遅滞しがちでした。その結果、弾道ミサイル防衛用の迎撃ミサイルが必要量の6割程度しか確保できていないなど、既に決まっていた措置ですら十分に実施できていない状況に陥っていました。そうした実情を踏まえると、今回決定した防衛力の抜本的な強化や、防衛費の相当な増額に注目が集まるのは、自然なことと思います。

  一方で、安全保障のために外交が果たすべき役割やその重要性は、一層高まっていると思います。今般の国家安保戦略においても、自国の防衛力の強化と並んで、日米同盟の強化、同志国との連携の強化も大きな柱と位置づけられています。さらに、軍縮・不拡散、国際テロ対策、さらには気候変動対策や国際保健、エネルギー安全保障など、狭義の安全保障概念には収まらない幅広い分野での外交上の取り組みが、安全保障戦略を実現していく上での具体的アプローチとして明記されています。

防衛力強化に焦点が当たった結果、「日本が自力で他国からの脅威に対峙できるようになることを目指す」とのメッセージが出ているように見えるとの指摘もありますね。

高羽氏:現在の国際社会の安保環境においては、ほとんどの国が自らの力だけでは平和と安全を確保することが難しくなっているのが現実です。とりわけ我が国については、我が国を取り巻く厳しい安全保障環境に照らしても、自衛隊の力のみで自国の安全が脅かされるようなあらゆる事態に対処するとの考えは、現実的でないばかりか、望ましくもないと考えています。

 我が国の安全保障にとって、同盟国である米国の存在は不可欠です。我が国の防衛力の抜本的強化は、日本が最後まで単独で危機に対処することを目指すためのものではありません。日米の間でそれぞれの役割・任務・能力をすり合わせ、同盟総体としての抑止力と対処力を一層強化していくことが重要です。

今回の戦略改訂については、米国と十分にすり合わせが行われたということですね?

高羽氏:はい。米国との間では常日ごろから、首脳や閣僚同士から実務家同士に至るまで、本当に様々なレベルで頻繁に意見交換を行い、双方の戦略観、日米同盟の方向性などをすり合わせています。そのような積み重ねがあるからこそ、今回の戦略が発表された際にも、バイデン大統領や米国政府高官はもちろん、連邦議会議員や有識者からも、次々と日本の戦略を支持・歓迎する旨が表明され、日米同盟の層の厚さを示すことができました。

 また、戦略の発表後、1カ月もたたないうちに、両国の外務・防衛担当閣僚が集う日米「2プラス2」の開催や、岸田首相の訪米が実現し、日米の安全保障戦略が軌を一にしていることを確認することができました。

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