筆者が12月15日に上梓(じょうし)した『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』
筆者が12月15日に上梓(じょうし)した『ジャーニーシフト デジタル社会を生き抜く前提条件』

 筆者が「アフターデジタル」というコンセプトを打ち出して約4年がたつ。SDGs(持続可能な開発目標)、Web3、NFT(非代替性トークン)、メタバース(仮想空間)など、次々と新しいキーワードが打ち出されるたびに、多くの企業は惑い、そのキャッチアップに追われている。

 だが、こうした全ての潮流には「顧客提供価値の変化」と「2つの特性」という共通項がある。「デジタル社会を生き抜く前提条件」を理解する観点や思考法があれば、この変化の激しい時代にぶれない軸足を持って、価値の追求にフォーカスできるはずだ。

 日本がDX(デジタルトランスフォーメーション)の波に乗り切れず、閉塞感が漂う一因となっているのが、「縦割り構造の磨き込みによる成功体験」によって「デジタルが可能にする横ぐし型の社会ペインの解決」を理解・実行しにくくなっている点にある。

 本連載では第6回で花王の長谷部佳宏社長のインタビューを掲載した(関連記事: 花王・長谷部社長が語る「これからのメーカーに必要なこと」。このインタビューの中で、長谷部社長は「オープンイノベーションの理想的なあり方」に言及した。長谷部社長の発言から見えてくる「ビジネスの根幹の変化」を考えていきたい。

東南アジアから学ぶ「デジタル前提社会」の思考

 さて、読者の皆様は、「日本は既に東南アジアにも後塵(じん)を拝しているかもしれない」と言われたら、どう感じるだろう。

 「いやいや、また恐怖感を煽(あお)るために、誇張して言っているに違いない」と思われる方が多いのではないだろうか。

 経済産業省が2022年5月に公開した「未来人材ビジョン」の中には1枚の衝撃的なスライドが入っていた。「日本企業の部長の年収は、タイの部長の年収よりも低い」という事実が分かるものだ。

 年齢を見ても、部長になる年齢は一回りタイの方が若い。もちろん、環境の違いも人口動態の違いもあるが、それを差し引いても「タイに年収で負ける」ということに衝撃を受ける方も多いのではないか。だからこそ、この1枚のスライドは広く世の中の耳目を集めることになった。

 タイに限った話ではない。東南アジアの盛り上がりは全体的に著しい。一般的に東南アジアでは日本に欠けている「デジタルだからできる社会課題の解決」という思考法が自然に染みついていると感じる成功事例が多い。端的にそれを示している新型コロナウイルス感染拡大後の事例として、インドネシアにおける中小・零細の店舗が取り組むDXが例に挙げられる。

 もともと、インドネシアでは家族経営、いわゆる「パパママストア」としてお菓子や飲み物、雑貨を売るキオスクスタイルの店舗が非常に多い。これらは現地で「ワルン」と呼ばれている。その数は250万店舗にも上るといわれており、6万店舗に及ばない日本のコンビニと比べると、いかにけた外れの数であるかが分かるだろう。

 こうした小さなビジネスが無数に生まれる中、ワルンには「サプライチェーンが多層化・ブラックボックス化している」というペインポイント(悩み・課題)が存在していた。ワルンが商品を仕入れる際、大小さまざまな企業が間に入り乱れており、互いに商品を融通し合う。その結果、10社近くの中間業者にマージンを取られるケースが発生していた。サプライチェーンが可視化されていない結果、仕入れ値に安定性や公平性が全くないという課題が存在していたことになる。

 コロナ禍の最中に進んだDXとして挙げられるのは、トコペディアやブカラパックといったインドネシアの主要なEC(電子商取引)業者が、このブラックボックス化したサプライチェーンにメスを入れたことだ。ECはもともとメーカーやブランドから直接商品を仕入れ、一般消費者に販売をしている。その売り先としてこうしたワルンのような中小・零細企業にも展開することで、複雑化したサプライチェーンをシンプルにしてみせた。

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