「保険はリスクをカバーするためのもの。何が起きるか分からないときに、顧客は何かしてくれるであろう人の存在を無意識のうちに求めている」。三井住友海上火災保険取締役社長の船曳真一郎氏は大手プラットフォーマーがなかなか保険業界に参入してこない理由についてこう語る。だが、一方で「いずれ参入してくるだろう」という見立ても持つ。来るべき時代に、保険会社が生き抜くために何が必要か。三井住友海上の船曳社長が語った。

舩曵真一郎(ふなびき・しんいちろう)
舩曵真一郎(ふなびき・しんいちろう)
三井住友海上火災保険取締役社長。1960年生まれ。東京都出身。83年神戸大学経営学部卒業、住友海上(現:三井住友海上)入社。営業企画部長、経営企画部長、東京企業第一本部長などを歴任。MS&ADインシュアランスグループホールディングス グループCIO(最高情報責任者)、CISO(最高情報セキュリティ責任者)、CDO(最高デジタル責任者)などを経て、21年4月から現職。(写真=的野 弘路)

アフターデジタル型産業ヒエラルキーにおける保険会社の位置づけ

個人的には企業はこれから、「行動の時代」を迎えると感じています。船曳社長のお考えをお聞かせください。

三井住友海上火災保険の船曳真一郎社長(以下、舩曵社長):産業ヒエラルキーでこれまでの保険事業を考えてみると、保険会社はメーカーとして様々な場面で想定される事故に対応する保険商品を供給し、顧客接点を持つ代理店は、例えば車の販売店、不動産の取扱店、旅行会社、家電量販店などがサービサーとしてそれぞれの商品と一緒に保険を売るというビジネスモデルだったわけです。

 保険会社がこのヒエラルキーから脱却しようと思うと、直接プラットフォーマーとビジネスをする、あるいはプラットフォーマーも通り越して顧客とダイレクトにつながる必要があります。アフターデジタル時代ならそれも可能ですよね。

 一方で、プラットフォーマーが直接保険を売るというモデルは、保険業界では主流になっていません。オンライン型のダイレクト保険もそれほど普及していない状況です。保険というのは予測・予見できないリスクへの不安に対応するものなので、いかに多くのデータを持っているプラットフォーマーでもリスクを予測して適切なアドバイスをするのが難しい。また、何が起きるか分からないときに、顧客は何かしてくれるであろう「人」の存在を無意識のうちに求めているという側面もあります。どうしてもリアルな要素が必要になるからではないかと思うんです。

確かに、アフターデジタルの成功企業として紹介している中国の平安保険でも、リアルな「人」の役割は非常に大きいものがありました。

船曳社長:保険はリスクをカバーするためのものです。リスクは一般的には事故や災害を想定しますが、リスクは想定し得ない事象に感じる脅威も含みます。もし、いつどんな事故・災害が起こるかが分かっているとしたら、それは「想定し得ない」という意味のリスクではありません。例えば、8月のこの日には必ず台風が上陸すると分かっていれば、備えもできるし、事前に避難もできる。それは災害ではあるけれどリスクのすべてではない、ということなんです。

 個人の場合は、仮に事故や災害の頻度と規模が分かっていても、できる備えが限られるため保険に入るかもしれません。一方、企業の場合は、事故や災害の頻度と規模に応じた引当金を準備しておく方がコストパフォーマンスがいいこともあるため、保険は必要ないかもしれません。

 しかし、実際にはいつどこでどれほどの事故・災害が起こるか分からないというのが現実ですし、そのときにどんな対応をしなければならないかが分からないという不安があります。だからこそ保険という仕組みが成り立っていますし、先ほどのような理由で、プラットフォーマーが保険を取り扱うこともあまりなければ、ダイレクト保険の普及もあまり進んでいないのだと考えています。

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