資本主義のいい話は、たいてい「負の外部性(第三者の犠牲)」の上に成立していると、ベストセラー『人新世の「資本論」』の著者で哲学者の斎藤幸平氏は指摘する。この「負の外部性」にどう対処していくかが、「環境」や「人権」の課題に取り組む上で重要な視点となる。今回の対談後編ではこの点を中心に、『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』の著者、羽生田慶介氏と斎藤氏に議論してもらった。

(対談前編から読む)

1つラインをつくったら1つ減らす

斎藤幸平氏(以下、斎藤):羽生田さんの本で興味深いなと思ったのは、途上国などから農産物を調達する際、フェアな価格で買おうとすると、その分、プレミアム(上乗せ価格)を払う必要があるけれど、企業はどうやってそのコストアップ分をカバーするのかという話です。本では、商品アイテム数を削減して、余計な在庫を抱えないことでカバーせよと言っています。これは、私が主張している「脱成長」とも親和的で共感しました。

羽生田慶介氏(以下、羽生田):私もそこに、斎藤さんが主張されている「脱成長」と親和性があると思っています。多くの企業がサステナブルな製品を開発し、新しいラインアップをつくる。けれども、従来のラインアップにプラスオンしてつくるので、在庫は増えていきます。だから、新たに投入したサステナブルな新製品が売れないと、もう最悪です。

 私は企業に、新しい製品ラインを1つつくるときには、必ず既存のラインを1つ減らすようにアドバイスしています。目先で対策を打つのではなく、ポートフォリオ全体を見て判断することが欠かせません。

斎藤幸平(さいとう・こうへい)<br>東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳「大洪水の前に」)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)は45万部のベストセラー。(写真:品田裕美、以下同)
斎藤幸平(さいとう・こうへい)
東京大学大学院総合文化研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想、社会思想。Karl Marx's Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy(邦訳「大洪水の前に」)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。著書『人新世の「資本論」』(集英社新書)は45万部のベストセラー。(写真:品田裕美、以下同)
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斎藤:ラインを減らすのは脱成長の発想ですね。この話に限らず、現代はいろんなものが過剰すぎます。例えば、ファッション業界の売上総額は全然伸びていないのに、販売点数はどんどん増えており、単価も利幅も下がる一方。そういうファストファッションの過当競争をやっているから、ファッション業界の人権問題も、環境問題もなくならない。

 その解決策は明らかであって、減らすことです。それをできないのが今の資本主義の重大な問題点と言えます。大量生産・大量消費型のビジネスモデルをすぐやめるべきなのに、企業はそこに向き合おうとしない。

 企業が代わりに何をしようとしているかというと、リサイクルしたり、オーガニックの原材料を使ったり。要するに新素材などを含めたテクノロジーで乗り切ろうとして、そもそもの過剰なまでの大量供給という問題から目をそらしている。ほかの業界も同じです。

 供給過剰な中で企業は競争に勝ち残ろうとして、商品を差異化するために商品アイテム数を増やしたり、送料を無料にして翌日配送にしたり、店であれば年中無休にしたりなど、いろんなことをやっている。これらもすべて過剰。洋服なんて次の日に届かなくてもほとんどの人は困らない。3日後でも1週間後でもいいわけです。そういう社会にしていけば、働き方も今より随分余裕を持てるようになるし、地球環境への配慮も増えて、さまざまな問題について考え、解決するための余裕が生まれます。

 ところが、今は余裕がない中で、環境問題にも対応して、人権にも配慮してとやっているからパンクしそうになっている。企業はそもそも余計なことにお金と労力を使いすぎです。

羽生田:商品アイテム数を減らすと企業の売り上げが下がり、経営にマイナスだと思う人がいるかもしれませんが、必ずしもそうではありません。仮に利益が増えなくても、在庫が減るだけでキャッシュが増えるので、企業にとってはハッピーになり得ます。企業がSDGs(持続可能な開発目標)に取り組むとき、余計な製品・サービスアイテムを減らすというのは、重要な観点です。

 人権問題を正面からやろうとすると抵抗があるかもしれないけれど、過剰なところを減らすことが人権問題の解決にもつながるとなれば、企業は取り組みやすくなるかもしれない。それが一企業だけじゃなくて、業界全体に広がっていくと、もっと効果が出ますね。

羽生田慶介(はにゅうだ・けいすけ)<br>オウルズコンサルティンググループ代表。経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、一般社団法人エシカル協会理事、認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン理事、認定NPO法人ACE理事、一般社団法人グラミン日本顧問など多数の役職を務める。著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』『稼げるFTA大全』(ともに日経BP)などがある。
羽生田慶介(はにゅうだ・けいすけ)
オウルズコンサルティンググループ代表。経済産業省大臣官房臨時専門アドバイザー、一般社団法人エシカル協会理事、認定NPO法人フェアトレード・ラベル・ジャパン理事、認定NPO法人ACE理事、一般社団法人グラミン日本顧問など多数の役職を務める。著書に『すべての企業人のためのビジネスと人権入門』『稼げるFTA大全』(ともに日経BP)などがある。
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