人権を軽視していると自分たちもその餌食になる
羽生田:私たちはそうしたことを全く気にも留めないで、「安ければいいじゃないか」という社会をつくってきてしまった。それが、さっきの図表にもあった、ひたすらコスト削減をしてきた経済なわけです。
斎藤:そうしたコンサル主導のコストカット経済には、大きな問題が2つあります。まず、企業がコスト削減ばかりやっていると、イノベーションが起きにくくなります。コスト削減で儲(もう)かるのなら、新しいものにわざわざ投資する気にならないですから。
そうしたスタンスが、長期的には日本の競争力を奪いかねないし、2010年代は実際にそうなってしまった。再生可能エネルギーや電気自動車など、実体経済を立て直すためのいろんな新しいビジネスチャンスがあったのに、日本企業はそこに入っていかなかった。その結果が、今の日本経済がこれほどまでに停滞してしまった理由だと思います。まさに失われた10年でした。
羽生田:もう一つの問題は何ですか。
斎藤:私たちの身近なところで強制的に働かされている外国人たちを気にかけずに見捨てていると、めぐりめぐって自分たちも痛い目に遭うということです。日本人の多くは「自分たちはサービスを使う側だから」と高をくくっていますが、それを放置していると最終的には日本人の多くも、低賃金での労働や奴隷的な働かせ方の餌食になる、ということです。
羽生田:人権に無関心でいると、自分たちの首を絞めることになりかねない。
斎藤:もっと分かりやすく言うと、「賃金の安い外国人労働者はいっぱいいるから、あなたにもそんなに給料を払わなくていいよね」となっていく。その他の労働条件も悪化していくでしょう。結局、さまざまな形でそのツケを払わされるのは日本人の労働者たちです。というか、この10年で給料が全然上がっていないわけですから、すでにツケを払わされていると言ったほうがいいかもしれません。セクハラや職場のいじめも横行している。これは人権問題です。そう考えていくと、働いている人たちこそ、身近な人権の問題に関心を持ち、声を上げるべきです。
関心を持つと「彼らの問題と自分たちの問題は同じであり、その根幹は奴隷的な働かせ方にある」と分かってくると思うんですよ。だからこそ人権の意識を社会全体にもっと広めていかないといけないし、人権を中心にして新しい経済をつくらなければならないと強く感じますね。
その意味で羽生田さんの本は、経営者だけではなく普通に働いている人たちにも、「人権を大切にすることは、自分たちの経済を守り、雇用を守り、地球を守っていくことなんだ」という気づきにつながるじゃないかな、と思っています。
取材・文/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部)
(対談後編に続く)
[日経BOOKプラス 2022年8月16日付の記事を転載]
今ほどビジネスに「人権」の視点が問われている時代はありません。セクハラ・パワハラ・マタハラ、長時間労働などから、サプライチェーン上流の原材料採掘や海外製造委託先企業での強制労働・児童労働、さらには広告での差別的表現、AI開発時の差別的傾向、SNSの発信内容などまで、「人権」に配慮すべき領域は非常に幅広く、本業に直結している。もはや、法務部や人事部だけに任せておくものではなく、事業に携わるすべてのビジネスパーソンに、人権への理解と対応力が求められています。この一冊でその基本が学べます。
羽生田慶介(著)/日経BP/2200円(税込み)
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