中国の江沢民元国家主席が11月30日、96歳で死去した。中国国営の新華社通信が伝えた。死因は白血病と多臓器不全の合併症だった。経済発展を支えた江氏の死去は、中国の今後にどういった影響を与えるのか。

11月30日に死去した中国の江沢民元国家主席(右)。異例の3期目に突入した習近平(左)政権にどんな影響を与えるのか(写真:AP/アフロ)
11月30日に死去した中国の江沢民元国家主席(右)。異例の3期目に突入した習近平(左)政権にどんな影響を与えるのか(写真:AP/アフロ)

 江沢民元国家主席の死去の一報が伝わると、中国共産党の機関紙である人民日報、中国国営の新華社通信、中国国営中央テレビ(CCTV)などの主要メディアのホームページのトップ画面は通常のカラーからモノクロ表示に切り替え、弔意を示した。人民日報は江氏の経歴や政治家としての功績を詳報し、「江沢民氏は不滅だ!」と締めくくった。

 中国外務省などの官庁や上海市などの地方政府に加えて、ネット検索大手の百度(バイドゥ)やアリババ傘下で決済サービス「支付宝(アリペイ)」を手掛ける金融会社アント・グループ、ネット通販の京東集団(JDドットコム)といった中国企業もこうした動きに同調。多くのスマートフォンアプリや公式ページで、トップ画面などがモノクロ表示に切り替わっている。

人民日報などのサイトはモノクロ表示に切り替わり弔意を示した(人民日報のトップページ)
人民日報などのサイトはモノクロ表示に切り替わり弔意を示した(人民日報のトップページ)

市場経済にカジ、反日教育も

 1926年に江蘇省で生まれた江氏。上海市長や上海市トップの市共産党委員会書記を歴任し、頭角を現した。民主化運動への強硬姿勢が評価され、天安門事件の混乱が続く89年に党トップの総書記に抜てきされた。

 江氏の最大の功績は、中国の経済成長を導いたことだろう。92年に「社会主義市場経済」路線を打ち出し、市場開放や外国企業誘致を主導した。2001年には世界貿易機関(WTO)への加盟を実現するなど、鄧小平氏が打ち出した「改革開放」を加速させた。

 一方で、日本側の視点では「反日」教育を主導した印象が強い。天安門事件後、中国の国際的孤立が深まる中、1992年に天皇訪中を実現させ、孤立脱却のため最大限活用した。94年からは愛国教育を開始。98年の訪日時には歴史問題を訴えるなど、反日的な姿勢を押し出す場面も多かった。中国国民のナショナリズムや反日感情を高めることで、中国共産党の求心力を高めていった。

1992年には天皇訪中を実現し、国際的孤立から脱却するための突破口とした(写真:ロイター)
1992年には天皇訪中を実現し、国際的孤立から脱却するための突破口とした(写真:ロイター)

 中国ウオッチャーからは、このタイミングでの死去報道に「計ったようだ」との声も上がる。習近平政権が新型コロナウイルスの封じ込めを徹底する「ゼロコロナ政策」に固執した結果、中国各地で不満を募らせた市民による抗議デモが相次いでいるからだ。