樋口社長はなぜ、安定した松下を飛び出して、外資系企業に行こうと思われたのですか。当時、米IBMへのOEM(相手先ブランドによる生産)供給に関わったのがきっかけでしょうか。

樋口氏:欧米の企業と付き合う中で、あちらでは個々の能力を最大限引き出そうとしていて、なんと合理的なのかと思いました。それが海外留学をしたいと思ったきっかけです。そして海外で向こうのエリートたちと触れていると、ますますそれを感じたのです。

(写真:的野弘路)
(写真:的野弘路)

米ハーバード大学に社費留学してMBA(経営学修士)を取得した後、当時買収したばかりの米映画会社MCAとの調整役を担い、カルチャーの違う両社の板挟みになったとか。

樋口氏:留学前は工場勤務だったのですが、MBAを取得したこともありM&A(合併・買収)の担当に回されました。

 買収後のマネジメントというのは、買収された側の思考回路や気持ちを理解しないといけない。しかし松下の根底に流れる企業カルチャーは、MCAのようなエンターテインメント企業とはまるで違います。そういう理解がない状態では、コミュニケーションが成り立ちません。親会社としての資本の論理でガバナンスを効かせようと思っても全く通用しないのですが、上司はそのことすら分からない。間に挟まれました。

自分の判断で仕事ができず、全て上司の指示を仰がないといけない。それに我慢ならず退社されたそうですね。そのカルチャーが25年たっても変わっていなかったということに相当危機感があったのでしょうか。

樋口氏:世界を見たら、あるべき会社の姿はどんどん変わっています。社員が幸せに働いているかどうかを大切にしないと、まず会社の生産性が高まらない。「社員エンゲージメント」とよく言われますが、そこが競争力の源泉になります。

 加えて、軍隊的なオペレーションだと、経営トップが戦略を間違えたとき、会社があらぬ方向に簡単に行ってしまう。健全なカルチャーにしないと、社員がハッピーにならないし、ビジネスも成功しないと強く感じました。

 同一的、画一的なカルチャーだと、自分たちのどこが悪いのか分からなくなります。自分たちとは違う価値観が世の中に存在するということも。そうなると、組織はますます変われなくなってしまいます。だからいろいろな考え方の人がいることを許容する必要がある。そうすることで柔軟な考え方が出てきて、新しい戦略をつくることができるようになるのです。

 画一的なカルチャーになっていればなっているほど、多様な人材は「異端」ということになってしまいます。上意下達でその指示だけを実行するタイプが主流だとしたら、そこに何か変化をつけようと思った瞬間に異端と言われてしまう。大企業の中で疑問を呈し、半ばタブーとされているようなことも提起するような「変える力」は、異端でなければ生まれてこないとも言えます。

しかし、異端というのは組織の中での評価であって、世の中から見れば当たり前のことをやっていることも多いです。

樋口氏:世の中では正常な考え方でも、画一的な生態系の中では異端ということになるかもしれません。

 私がコネクティッドソリューションズ社(現パナソニック コネクト)のトップになってから、本社機能を大阪府門真市から東京へと移したのも、それが理由の1つです。

 昔は関西に工場がたくさんありましたが、今は製品をほとんど作っていません。なのに、そこに経営企画などの戦略部隊がいる。世の中からの遮断感がものすごく強いと思いました。しかも大阪の中心部ではなく、ちょっと距離がある門真市ですからね。

 そこで顧客の理解、ビジネスの理解、競合の状況を肌で感じることができるのか。5~6人で連れ立って出張に行ったりはしていましたが、東京にいれば、ばらけて1人ひとりが外部の人々と接することができます。「ああ、こんな進んでいる会社があるんだ」「こんなこと考えているんだ」とびんびんに感じる。そうすれば「今のビジネスモデルを続けていても全然お金にならない。変えなきゃいけない」と思いつくわけです。東京に行かないという選択肢はないですよね。