EVの未来に懸けているのは、何も自動車メーカーだけでない。宝の山を生み出す電池産業が、世界中のヒトモノカネを呼び込み始めた。産業構造の転換をクルマだけで捉えていては、未来のチャンスを失いかねない。電池やその材料の確保はエネルギー安全保障にも密接に関わってくる。韓国勢や中国勢の電池メーカーに後れを取った欧州では、「CO2削減」を武器とした電池産業の育成が着々と進んでいる。

■今後のラインアップ
1. 世界はなぜEVを選ぶのか 補助金・燃料高で「安い」?
2. 「日本車に候補なかった」 中国、テスラオーナーの本音
3. 米国、「テスラ効果」新興勢へ 日本、軽EVは市場を変えるか
4. 独SAPは全世界で社用車をEVシフト 企業の「まとめ買い」に商機
5. フォードの決断 EV大量生産時代へ、もろ刃の巨額投資
6. ノースボルト、レッドウッドが台風の目 電池再利用という金脈(今回)

スウェーデン北部シェレフテオにあるノースボルトの電池工場。量産準備が進んでいる
スウェーデン北部シェレフテオにあるノースボルトの電池工場。量産準備が進んでいる

 6月中旬、スウェーデン北部にあるシェレフテオを訪れた。北緯64度45分に位置し、北緯66度33分の北側にある北極圏に近い。小さな空港に降り立つと、心なしか空気が澄んでいるように感じる。空港の外にタクシーが並んでいるが、どれも予約車のようだ。「予約していない」と告げると、他の2人の乗客と共に相乗りで乗せてくれた。

 2人がそれぞれ目的の場所で降車し、最後に筆者が残された。物価の高いスウェーデンで、メーターの数字がどんどんと上がっていくのでヒヤヒヤしていたが、タクシー運転手はこちらの警戒を感じ取ったように言った。「ここは北欧の田舎街。とても安全でちゃんと請求するから安心して」。実際、最後に降りた筆者の運賃はすべてのルート分ではなく、きっちり分割されていた。

 電池企業のノースボルトの取材で訪れたと告げると、「街は大きく変わった。私にもいいことがあったよ」と話す。聞けばタクシー運転手の息子さんはエンジニアで、海外で働いていたが、ノースボルトの求人に応じて地元に戻ったという。欧州期待の電池企業が、極北の街を大きく変えている。

2016年にノースボルトを創業し、CEOに就任したピーター・カールソン氏
2016年にノースボルトを創業し、CEOに就任したピーター・カールソン氏

 ノースボルトは元テスラの調達担当幹部だったピーター・カールソン氏が2016年に創業。欧州投資銀行と融資契約を締結したほか、米ゴールドマン・サックスや独フォルクスワーゲン(VW)、独BMW、スウェーデンのボルボ・カーなど様々な企業から巨額の資金を調達。スウェーデン北部シェレフテオで建設中の工場では水力発電由来の電力を利用し、60GW時の電池セルを生産する計画だ。

 その他にもボルボ・カーと共同でスウェーデン・イエーテボリに、VW と共同でドイツ北部にもそれぞれギガファクトリーを建設する計画で、30年には150GW時の電池セルを供給する計画を持つ。

 韓国勢や中国勢の電池メーカーに後れを取った欧州では、「CO2削減」を武器とした電池産業の育成が着々と進んでいる。欧州委員会は17年、EVの基幹部品の電池をアジア勢に依存する状況に危機意識を高め、産業育成策の「バッテリーアライアンス」を結成した。ノースボルトはその中核企業なのだ。

5月に初めてEV向け商用電池を出荷

 通常、工場は商店や住宅などがある街の中心地から遠くに立地しているが、シェレフテオでは広大な土地があるため、ノースボルトの工場は街の中心地からクルマで10分ほどと非常に近い。これは従業員の往来のしやすさに寄与している。

シェレフテオ工場の遠景。多くの従業員が量産準備などに従事している
シェレフテオ工場の遠景。多くの従業員が量産準備などに従事している

 工場が近づくと、巨大な建造物が見えてきた。事前に写真で全体像を見ていたが、想像以上に大きい。正面の入場ゲートから敷地内に入ると、さらにその大きさが迫ってくる。工事が続いているため、至る所にたくさんの従業員がいる。

 ノースボルトは5月、大きな一歩を踏み出した。シェレフテオ工場では21年12月から電池生産を始めており、様々な調整を重ねて22年5月に初のEV向け商用電池を欧州の自動車メーカーに出荷したのだ。6月中旬に訪れた同工場では、多くの従業員が生産立ち上げや新ラインの建設などの仕事に追われていた。工場責任者であるフレドリック・ヘドルンド氏は「生産は順調に進んでおり、今後は生産規模を増やしていく」と語る。

シェレフテオ工場の責任者であるフレドリック・ヘドルンド氏。「量産準備は予定通りに進んでいる」と語る
シェレフテオ工場の責任者であるフレドリック・ヘドルンド氏。「量産準備は予定通りに進んでいる」と語る

 EV30万台分に当たる16GW時の量産準備を進めており、今はそのうちの1つの生産ラインを動かしている段階だ。足元ではニッケルやリチウムなどの電池材料の価格が上昇しているが、ヘドルンド氏は「原材料市場に課題があるのは確かだが、我々の商用生産に影響はない」と語る。

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