前回は主にB2C(消費者向け)サービスに焦点を当てて解説した。メタバース(仮想空間)を語るには当然ながらこれだけでは十分ではない。多くの人々の働き方を大きく変える可能性も秘めているのがB2B(企業向け)の「産業用メタバース」だ。メタバースと人間拡張のコラボレーションの先に見える世界を探っていく。

あらゆる産業に影響を及ぼすメタバース
産業界におけるメタバースはこれまでも、現実世界と仮想世界を融合するXR(クロスリアリティー)や仮想空間に現実を再現するデジタルツインの文脈で話題を集めてきた。代表的な活用例は、工場における従業員教育や生産ラインのシミュレーションだろう。
製造業の生産現場には、危険な場所や専門知識がないと取り扱うことができない危険物が数多く存在している。例えば、工場での高所作業や可燃物の管理・保管などである。これらに関する従業員への教育・研修にあたっては多くの場合、安全と思われる場所や代替品を使って行われてきた。しかし、その効果には疑問が残る。受講者が実際にやってみるトライ&エラーができないからだ。
新しい知見を得たりノウハウを習得したりするためには、自分で考えて行動に移し、結果を考察して、再度行動してみるトライ&エラーが最も効率的なプロセスといえる。しかし、高所作業や危険物取り扱いの教育では、安全上の観点からこの手法を採用することは難しかった。
それが、XRを応用することで簡単にできるようになった。受講者にVR(バーチャルリアリティー=仮想現実)ゴーグルを装着してもらい、現実に極めて近い環境を仮想世界で構築し、作業を実践する。つまり仮想世界と現実世界を融合することで、トライ&エラーによる効果的な従業員教育が可能になったのだ。
また、現実世界では不可能な「経年劣化」の再現も可能になった。
大型の産業プラントなどの海外輸出では、技術移転が欠かせない。現地従業員への保守などに関する教育が重要になるが、ここでポイントになるのが経年劣化への対応だという。時間の経過によって発生する劣化への対処法が、過去の経験として蓄積されていても研修時点では体験できないからだ。だから、技術移転に伴う教育には数年ほどの時間がかかってしまう。
XRを応用すると、例えば10年分の劣化を仮想世界で“早回し再生”し、その対処法を“いまここで”体験することができる。さらには、突発的な事故を仮想世界で意図的に発生させ、その体験学習も可能になっている。
ある化学メーカーの経営者は「メタバースは10年分の体験を10分でできる」と表現する。時空を超えた体験を再現できることは、産業用メタバースの大きな付加価値になる。
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