これまで若年層を中心に価値観変容を論じてきたが、今回はシニアを中心に価値観変容を考察する。ここでの主役は、ネオ・シニアである。他の世代と異なる大きな特徴は、デジタルが世の中に普及する前に価値観が確立していることだ。デジタルがもたらす新たな知識や感情によって、彼らの価値観はいかに揺れ動くのか。シリーズ最終回の本編では、ネオ・シニアの価値観変容をひもときつつ、近未来においてビジネス機会をどう創出していくか、世代ごとの特徴を比較しながら考察すべきポイントを整理した。

「シニア」から「ネオ・シニア」への変容

 「シニア」という言葉が持つイメージは幅広い。同じ年齢でも心身ともに元気で溌剌(はつらつ)とした人もいれば、落ち着いた魅力と深みを感じさせる人も存在する。そもそもシニアとは何歳からを指すのだろうか? 日本老年学会の定義では、65歳以上を「准高齢者」。75歳以上を「高齢者」。90歳以上を「超高齢者」としている。ただし、ここで論じる「シニア」はデジタルとの関係性を見ていくことから、「デジタルがない世の中で生まれ育った(プレシニアともいえるベビーブーム世代も含む)層」を指すことにしたい。

 一昔前の“高齢期”は、いわば余生として捉えられてきた。「バリバリ働いていた若い頃とは異なり、リタイア後の余生」という印象だ。しかし昨今では、健康寿命が延びたことで、印象が変わりつつある。社会のメインストリームから離れることがマイナスではなく、むしろ「人生の自由度が増した」というポジティブな時間と捉えられてきた。

 一方で、シニアの世代というのは、長年の経験から既に「自分の生き方=価値観が確立している」と言える。その状態で現在のデジタルを受容することは何を意味するのだろうか。

 そもそもシニアの世代は価値観変容が起こりにくい。やや意訳的だが、「年を取ると頭が固くなる」と「年を取ると丸くなる」という2つの慣用句を例に考えてみよう。

 「デジタル×価値観変容 読み解く6つのキーワード」で述べたように、価値観変容は知識と感情によって起こる。ここでいう「年を取ると頭が固くなる」のは、知識に対するアプローチを示したものだ。

 一般的にいわれるのが、人生経験が長くなればなるほど、新しい知識に対して否定的な態度を取る傾向がある。新たに知る情報があった際でも、これまで自分が知り得た知識や、それによって形成された判断基準に照らして、その真偽を確認しようとし、ついつい否定的な態度を取りがちになる。医学的に見ても、人は年を取ると情報の処理・判断をつかさどる前頭葉が萎縮し、思考の切り替えができなくなる“保続”という状態に陥りやすいといわれている。

 その結果、「融通が利かなくなる」「頑固になる」、つまり「頭が固くなる」といった表現に当てはまるシーンが頻発するのではないだろうか。

 一方で「年を取ると丸くなる」は、シニアの感情へのアプローチを示したものになる。シニアはこれまでの人生経験から、新たに発生する自分の内なる感情に対して、良くも悪くも冷静に受け止める傾向がある。多くの経験値を持つことから、目の前で起こっている事象に対して、落ち着いてその事象や裏にある背景までをも捉えることができるようになっている。その一方で、感情に基づいて反射的に判断し、行動する力は鈍っていく。感情の発露を無意識的に抑制してしまうのだ。そのため、外からは「丸くなった」ように見えるのである。

 以上のことから、シニアは価値観を変容させることのハードルが高い年代だと考えられている。しかし、そのシニア世代であっても、「デジタル」の要素を加味してみると、価値観変容の萌芽(ほうが)は確実に見えてくる。

 それはなぜか。

 デジタルはこれまでのシニア世代の生き方から想像できないほどの振れ幅で、世の中に変化をもたらしているからだ。

次ページ シニアの価値観変容では既存の人格が色濃く影響