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経済安全保障推進法が成立した。その詳細は政省令に委ねられている。とはいえ、企業が注意しなければならない点がいくつか明らかになった。影響を受けるのは、特定の重要物資や、基幹インフラを運営する企業にとどまらない。特定重要物資の需要家や、インフラ企業のシステム構築を請け負うIT(情報技術)企業……。同法に詳しい、松本拓弁護士に聞いた。

(聞き手:森 永輔)

経済安全保障推進法(以下、推進法)は(1)重要物資の安定的な供給(2)基幹インフラの安定的な供給(3)先端的な重要技術の開発支援(4)特許出願の非公開制度の4本柱から構成されます。このうち(1)(2)(4)について、企業が注意すべき点を順にお伺いします。

 まず、(1)重要物資の安定的供給について。この取り組みの位置づけをどう考えればよいでしょう。特定重要物資を扱う事業者を政府が支援する仕組みなのか、それとも、安定供給の義務を事業者に強いる制度なのか。

松本拓弁護士(以下、松本):基本的には、特定重要物資を扱う事業者を政府が支援する仕組みだと理解しています。企業は、ロシアによるウクライナ侵攻のような事態が起こっても、自社が扱う製品を従来通り供給したいと考えています。これを政府が融資もしくは助成金で支援する仕組みです。

 ただし、事業者はこの支援を受けるため、「供給確保計画」を立てて主務大臣から認定を得る必要があります。

松本拓(まつもと・たく)氏
松本拓(まつもと・たく)氏
弁護士、ニューヨーク州弁護士。M&A(合併・買収)・投資や経済安全保障・通商(外為法に基づく外資・輸出入規制)が専門。東京大学教育学部を卒業した後、早稲田大学法科大学院で博士号を取得。2010年にアンダーソン・毛利・友常法律事務所に入所。2017年にニューヨーク州に弁護士登録。(写真:菊池くらげ、以下同)

競合企業が名のりを上げれば、追随しないわけにいかない

この供給確保計画を立てるのにどれだけの負担がかかるのか。企業はそこに不安を感じています。

松本:「供給確保計画」にどのような事項を盛り込むのか、詳細は政省令が出るのを待たねばなりません。

出所:アンダーソン・毛利・友常法律事務所
出所:アンダーソン・毛利・友常法律事務所
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 加えて、政府の支援を受ける「認定供給確保事業者」はこの計画を「遂行」することが事実上の義務になると推測されます。計画通り遂行することは、条文上は義務になっていません。しかし、「計画に従って(中略)安定供給のための取組を行っていない」と主務大臣が判断したときは認定供給確保事業者の認定を取り消すことができます。主務大臣が取り消しを公表すれば、その企業の評判が下がりかねません。ちなみに、主務大臣が取り消し事実を公表するかどうか、推進法は定めていません。

 このように、企業はレピュテーションリスク(評判を害する危険)を負うことになるので、実行が難しい計画を立てるわけにはいきません。その一方で、不慮の事態も想定して計画を立てることが求められます。例えば、半導体メーカーがある材料を輸入しているとして、「その供給量が半分になったときどうするのか」、もしくは「価格が3倍に高騰したときどうするのか」といった事態です。

不慮の事態が起きても安定供給を確保するのが、推進法を制定した趣旨です。企業にとっては酷ですが、不慮の事態も想定せざるを得ない。

松本:そうですね。

 加えて、企業は同業他社の動向を意識することになると考えます。認定供給確保事業者になるかどうかは、企業が判断することですので、「負担やリスクが大きすぎる」と判断すれば、認定を受けないという選択肢もあります。しかし、競合企業が認定を受けている場合に認定を受けなければ、今度は競争上のリスクを負うことになります。

推進法は「二以上の者が(中略)共同して供給確保計画を作成し、前項の認定を受けることができる」としています。「適正な競争が確保される」範囲内に限定されてはいますが、供給確保計画をめぐって、企業の合従連衡を促す面もあるかもしれません。

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