経済安全保障の議論の中心に「技術」がある。「先端的な重要技術の開発支援」しかり、「特許出願の非公開制度」しかりだ。東京大学の鈴木一人教授は「米国が軍事的な優位を技術により維持してきた歴史がある」と指摘する。中国に対する技術優位を、日米両国が協力して維持・拡大する取り組みが始まった。

(聞き手:森 永輔)

鈴木さんは経済安全保障を何と定義しますか。

鈴木一人・東京大学教授(以下、鈴木):外国から政治的影響を受ける事態を、経済的手段によって避けること、と定義します。「政治的影響を避ける」とは他国からの圧力に屈しないということです。

 具体的には、国内の経済活動の安定を維持し、社会的な混乱を招かないようにする。日本は1973年に石油危機を、2010年に尖閣諸島沖中国漁船衝突事件を契機とするレアアースの禁輸を経験しました。こうしたことが起こると、それまで普通に生産していた物品が生産できなくなってしまいます。

東京大学公共政策大学院教授
東京大学公共政策大学院教授
立命館大学国際関係学部(飛び級)、同大学大学院国際関係研究科修士課程修了。英国サセックス大学ヨーロッパ研究所現代ヨーロッパ研究専攻博士課程修了。筑波大学准教授、北海道大学大学院准教授・教授を歴任。2013~15年に国連安保理イラン制裁専門家パネル委員。2020年から現職。地経学研究所長、国際問題研究所客員研究員などを兼任。(写真:菊池くらげ、以下同)

 経済活動が安定を欠けば、社会混乱を引き起こしかねません。石油危機のときには、トイレットペーパーの買い占めが起こり、世情が乱れました。その後、失業の拡大や、スタグフレーションを招き、国民生活が困窮しました。

 「経済安全保障」と呼ばれる施策は、次の3つに分類できると思います。第1はサプライチェーンの強じん化や基幹インフラの防護。第2は技術流出の防止。そして第3はエコノミック・ステートクラフト(ES)です。ESは、ある国が価値観や意図を、経済的手段を通じて他国に押しつけること。経済安全保障の定義が収束しない原因は、これら3つのうちいずれに重点を置くか、話し手によって異なるからだと思います。

 私の定義に照らしてこの3つの施策を見ると、第1と第2は経済安全保障。「守り」の性格を持ちます。他方、第3のESは「攻撃」の性格が強いので、経済安全保障には含めません。

 5月に成立した経済安全保障推進法の4本柱は、第1と第2から出来上がっています。そして特徴的なのは、外国による意図的な攻撃を意識している点です。

確かにそうですね。サプライチェーンの強じん化を図る対象とする「特定重要物資」は、「国民の生存に必要不可欠」であるだけでなく「外部に過度に依存」して「外部から行われる行為により国家及び国民の安全を損なう事態を未然に防止する」ために指定します。

鈴木:おっしゃるとおりです。経済安全保障を考えるとき、「他国からの圧迫」はキーワードだと考えます。サプライチェーンを例に取れば、単なる「サプライチェーンの強じん化」とはこの点において異なるのです。

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