前回から読む)経済安全保障推進法が成立した。しかし、その内容は政令待ちで不透明なままだ。データ保護や人権をめぐる制裁など、論争を招く案件は先送りされた。推進法の制定は歴史的な一歩だが、これだけで日本の安全を経済面で守れるわけではない。日本の経済安全保障政策を取り巻く課題は目白押しだ。

 「いかなる状況にあっても、国民の命と暮らしを経済面から守り抜くための重要な一歩を踏み出せたと感じている」。小林鷹之経済安全保障担当大臣はこう語って胸を張った。

岸田文雄首相(右)は、経済安全保障推進法お制定を看板政策とした。左は小林鷹之・経済安全保障担当大臣(写真=読売新聞/アフロ)
岸田文雄首相(右)は、経済安全保障推進法お制定を看板政策とした。左は小林鷹之・経済安全保障担当大臣(写真=読売新聞/アフロ)

 2022年5月11日――。この日は将来、日本の戦後史を語る上で欠かせない日の一つになるかもしれない。経済安全保障推進法案が参院本会議で可決され成立。日本の行政はこれまで産業政策と安全保障政策を全く別のものとして扱ってきたが、この日初めて「両者が重なる部分」に踏み込んだ。

 同法は以下の4つの柱から成る。(1)重要物資の安定的な供給(2)基幹インフラの安定的な供給(3)重要技術の開発支援(4)特許出願の非公開――。

 (1)は新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)で痛い目に遭ったことに起源がある。感染が拡大し始めた当初、マスクが深刻な品不足に陥った。その後を半導体の供給制約が襲い、自動車をはじめとする多くのモノづくりが滞ることになった。

 (2)は国が関与するサイバー攻撃への懸念拡大が背景にある。米政府が18年以降、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に対する姿勢を厳しくした。同社製品の政府調達を禁じた後、同社向けの輸出・再輸出も原則不許可とした。トランプ政権(当時)は、同社と中国政府との間につながりがあり、同社製品を通じて機微な情報が窃取されていると警戒を強めた。

 再輸出とは、例えば日本企業が米国から輸入した製品を、第三国に輸出する取引を指す。再輸出に対する規制は、米政府による規制の「域外適用」と呼ばれる。これに違反すれば日本企業も制裁の対象となり得る。再輸出への規制は、日本企業にとって他人事ではない。

 (3)は国の安全と技術が不可分の時代になったからだ。今日、人工知能(AI)を使った兵器に関する規制が議論されている。米中が争う覇権は、技術をめぐるものだ。

 (4)は軍事に利用可能な機微な技術を守る措置の強化だ。韓国が2004年、国際原子力機関(IAEA)に申告することなくウラン濃縮実験をしていたことを明らかにした。内閣情報官および国家安全保障局長として日本のインテリジェンスの中枢を担った北村滋氏は「査察に入ったIAEAが、日本が特許認定したウラン濃縮技術の資料を見つけた。軍事転用できる機微な技術が外国に渡っていた事実。これは大きな問題ではないか」と指摘する。

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 パンデミックや供給制約への対応から、軍事に関わる技術の開発・防護まで、この推進法は経済安全保障に関わる問題を幅広くカバーする。だが、この法律ですべてがカバーできるわけではない。それどころか、これから議論を深めなければならない二律背反の難問が目白押しだ。

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