ウクライナ情勢などの地政学リスクや、それを機に進んだ円安、米中対立による経済のデカップリング(分断)への対応などで、日本の製造業が「国内回帰」の姿勢を強めている。かつて、バブル経済崩壊やリーマン・ショックが誘発した円高を背景に、安い人件費などを求めて生産拠点は海外に移った。今起きているのは、国内生産のメリットを再認識し、拠点を強化する動きだ。人手不足やエネルギーの確保など課題も多いが、敗れざる工場によって「メード・イン・ジャパン」はかつての輝きを取り戻せるのか。

■連載予定(タイトルや回数は変わる可能性があります)
2ナノ半導体「日本でやるしかない」、ラピダス生んだ辛酸と落胆(今回)
・「明治維新のようにもう一度やり直す」。ラピダス東会長
・設備投資2割増、盛り上がる国内投資、経済安保が背中押す
・九州シリコンアイランド、TSMC特需に沸く熊本、経済効果は4兆円
・有名ラーメン店も誘引、特需連鎖の突破力、地価上昇率全国トップに
・海外生産に勝つ「拠点集約」、クボタ、日機装の開発力強化
・SUBARU、平田機工、DX進めて改善や提案が異次元のスピードに
・同じ屋根の下「究極の連携生産」など、SMC、東京エレクトロン
・ファナックに学ぶ国産哲学、「完全無人化」真の狙い
・「大事なのはTCO。国内一極集中生産を続ける」。ファナック山口社長
・「製造業はかつての『日の丸半導体』に学べ」

 混沌とする世界情勢を受けて経済安全保障の意識が急速に高まり、国内で工場新設や生産能力増強のニュースが相次いでいる。こうした国内製造回帰は、長らく空洞化に苦しんできたニッポン製造業の復権への序章だ。その象徴の1つが、国内では製造できなくなっていた最先端半導体の国産化を再び目指そうとするラピダス(東京・千代田)の挑戦だ。

 2019年、東京エレクトロン元社長の東哲郎氏は、半導体メーカーからの断りの返事に落胆した。「ご提案の半導体は、我々が製造できる技術世代のはるか先。現状でも精いっぱいで、そこにジャンプするのは難しい」。実は、東氏は世界最先端の半導体を国内で量産しようと、半導体メーカー数社に打診をしていた。「これでは脈はない。深追いしてもしょうがない」。東氏はすぐに気持ちを切り替え、最先端半導体の国産化を目指す新会社の立ち上げに動き出した。

米IBMとの連携に商機

2022年12月、ラピダスは米IBMと半導体技術の共同開発契約を結んだ。左端がラピダスの東哲郎会長(写真=東洋経済/アフロ)
2022年12月、ラピダスは米IBMと半導体技術の共同開発契約を結んだ。左端がラピダスの東哲郎会長(写真=東洋経済/アフロ)

 きっかけはビジネス関係が深い米IBM幹部から持ち掛けられた提携構想だ。「回路線幅2ナノ(ナノは10億分の1)メートルの最先端半導体の開発にめどがついた。日本で製造できないか」。東氏は思わず身を乗り出した。「最先端半導体を国産化する、またとないチャンスだ」

 1980年代、記憶用半導体DRAMで世界シェア5割を誇った国内半導体産業。だが米国の強烈な巻き返しに遭い、水平分業の流れについていけず国際競争から脱落した。2000年代、電機大手は半導体部門の赤字に苦しみ再編を繰り返す。そして研究開発や量産に巨額費用がかかる最先端分野から一斉に手を引いた。

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 その結果、日本は最先端半導体の空白地帯となった。国内工場では40ナノの成熟品までしか生産できない。モバイル端末やパソコン、データセンター、自動車向け最先端半導体は、半導体受託生産(ファウンドリー)を担う台湾積体電路製造(TSMC)などに生産委託している。

 TSMCはファウンドリー市場の過半を握る巨大企業だが、他に最先端半導体の受託生産をできる企業がほとんどない。世界中の半導体メーカーからTSMCに注文が押し寄せ、半導体メーカーは何年も先の分を発注して行列を作って出来上がるのを待つ。

 限られたパイを世界中の有力顧客が奪い合うなか、例えば日本の通信事業者が新規事業のため最先端半導体の量産を依頼しようとしても、小規模の発注量では対応してもらいにくい。今後、人工知能(AI)や高速通信、ビッグデータ活用など、最先端半導体のニーズは高まり、デジタル社会の「頭脳」として欠かせなくなる。日本企業が最先端半導体を試作段階から入手できなければ、製品開発や事業の速度が遅くなる。

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