江戸時代初期、若い男子のみを襲う謎の疫病が国中に広がり、男子の数は激減――。徳川将軍家の史実をベースにしながらも、男性である人物は女性として、女性である人物は男性として描かれ、将軍職も女性が継承するという斬新な設定が話題を呼んだ漫画『大奥』。1月10日からNHKドラマとして放送されている。

作者のよしながふみ氏に、17年近く続いた連載を振り返ってもらいながら、人と人との結びつきの多様化などを聞いた。前後編でお届けする。

よしながふみ氏 プロフィール
漫画家。1994年『月とサンダル』でデビュー。主な作品に『1限めはやる気の民法』『こどもの体温』『西洋骨董洋菓子店』『フラワー・オブ・ライフ』などがある。2004年から20年まで連載された『大奥』で、第13回手塚治虫文化賞マンガ大賞や第42回日本SF大賞など多数の賞に輝く。ドラマおよび映画化された『きのう何食べた?』を現在連載中。22年7月には全編語り下ろしのインタビュー本『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』を出版。
2022年7月に出版した『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』(発行:フィルムアート社)。全編語り下ろしのインタビュー本だ
2022年7月に出版した『仕事でも、仕事じゃなくても 漫画とよしながふみ』(発行:フィルムアート社)。全編語り下ろしのインタビュー本だ

連載初期の3代将軍・家光と“愛妾(あいしょう)”であった有功との激しい男女の愛情のやりとりに始まり、大奥では様々な人間関係を描いていますね。

よしながふみ氏(以下、よしなが氏):『仕事でも、仕事じゃなくても』でも話しましたが、この設定ならラブストーリーが描けると思ったんです。私としては珍しく少女漫画らしい話が描けるなと思って提案した話でした。有功のところはかなり具体的に固まっていて、本当その通りになって。

『大奥』3巻から。3代将軍・家光と有功 (c)よしながふみ/白泉社
『大奥』3巻から。3代将軍・家光と有功 (c)よしながふみ/白泉社
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 激しいというのは、あれですよね、男女逆転しているけれど、3代家光の頃はまだ戦国時代の続きという時代の空気感というのがありましたよね。他の大名家と徳川家の間に結構ぴりぴりした緊張関係があって、徳川家もうかうかしていると、もう1回ひっくり返されるぞという。そして、人の命がまだ軽い時代でした。

 それが5代綱吉の文治政治で完全に戦国時代から脱却する。多分、『忠臣蔵』として描かれた赤穂浪士の討ち入りが契機なんだと思いますけれど。

大奥4巻から。5代綱吉 (c)よしながふみ/白泉社
大奥4巻から。5代綱吉 (c)よしながふみ/白泉社
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江戸時代の初めは、人の命が軽かったからこそ、作品で描かれた家光と有功との愛情のやりとりも激しいものになったと。

よしなが氏:現代人からすると、何かぐっとくるような人権感覚の無さみたいなものがあるわけです。

 綱吉についてはあまり長く描くつもりはなかったのですが、描いてみたら結構かわいそうな人だったんだなと思いました。作品中では女性として描きましたが、史実通り男性だったとしても、嫡男が夭折(ようせつ)して以降ずっと世継ぎに恵まれなかったというのはつらかったでしょうね。

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