遊興費欲しさに巨額詐欺

 「はい、間違いありません」。6月初め、東京地方裁判所の法廷に姿を現した元行員の松本裕一被告は、裁判長に起訴内容を認めるかと問われ、はっきりと答えた。濃紺のスーツにメガネ姿。背筋を伸ばして立ち、紳士的な雰囲気だ。元銀行員というのにふさわしい、いでたちだった。裁判ではその裏の顔が暴かれた。

 松本被告は、大学時代からパチンコとスロットにのめり込み、消費者金融から借金を重ねた。社会人になってからも変わらず、返済資金やギャンブルに使うカネ欲しさに顧客の資金に手を出すようになった。

 松本被告は「私とあなたには信頼関係がある」などと巧みな言葉によって相手を安心させ、こう売り文句を言った。「新しく定期預金を作れば特別に優遇された金利を適用できます。ギフト券をもらえるキャンペーンもあります」

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 こうした言葉を信じて疑わなかった顧客から受け取った資金は、松本被告のギャンブルや過去の犯行の補填資金に消えた。顧客には「直接私に連絡してほしい」「(人が少ない)平日昼前に店舗に来てほしい」などと要請していた。行内での発覚を防ぐための裏工作だった。

 個人の悪事として片付けるのは簡単だ。だが、問題はそうシンプルではない。松本被告は、逮捕される直前まで勤務していた支店で「財務相談課長」という立場の管理職に就いていた。一部の管理職は、顧客に一定程度自由に預金金利を上乗せできる権限を持っていたとされる。

6月初め、東京地裁に出廷した松本裕一被告は罪状を認めた(写真:共同通信)
6月初め、東京地裁に出廷した松本裕一被告は罪状を認めた(写真:共同通信)

チェックをすり抜け、組織揺さぶる

 裁判で明らかになった本人の供述などによると、松本被告は預金金利について0.25%上乗せできる権限があると考えていた。本部にメールで「このお客さんは伸びしろがある。不動産売却予定もある」などと伝え、金利の上乗せについての承認を得ていた。被告の話が本当なのかという組織的なチェック機能は十分に働いていなかった。

 犯罪や不正行為について、それを犯した個人が一義的にその責任を負うのは言うまでもない。だが、検証過程で組織体制の不備がそれを許したとなれば、不届き者の暴走を抑止できなかった組織や会社の管理責任が問われ、リスク管理やコーポレートガバナンス(企業統治)の在り方にも疑問符が付く。

 社員が不正を働くと会社は看板に泥を塗られ、金銭的な損失を被ることもある。それだけ見れば被害者だが、なぜ暴走を防げなかったのか、という問いからは逃れられない。この問いに正面から向き合い、会社の仕組みを的確に見直すことが、社会からの信頼回復のためにも再発防止のためにも欠かせない。

 松本被告の不正を防げなかった原因について、三井住友信託銀行は「現金の授受管理や、社員の行動・人事管理、支店長ら管理職によるけん制が必ずしも十分機能していなかった」などとし、今後、管理職は顧客を直接担当せず、例外的に対応する場合でも複数で対応するなど、再発防止への新規定を設けた。

 1人の社員の犯罪が組織全体の信用を失墜させ、体制の立て直しを迫られることになった。

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