
現在、あらゆる企業にとってデジタルトランスフォーメーション(DX)の実現は、優先度の高い経営課題である。
日本はDX後進国といわれているようだが、日本だけが出遅れているわけではない。一般的にはDX先進国といわれている米国でも、進んでいる企業と進んでいない企業の格差が広がっている。
例えば、私の知人である米大手外食チェーンのCDO(最高デジタル責任者)は、着任直後に「何万もの店舗があるにもかかわらず、それぞれが導入しているPOS(販売時点情報管理)システムが完全に分断されており、店舗や地域ごとのデータ比較さえできない」と嘆いていた。こうしたDXの基礎となるはずの「データ」に関する課題は、国や地域に関わらず、多くの企業に存在している。
ITによる業務の効率化や、データに基づく経営判断といった、限定された範囲での「デジタル化」が競争力の源泉だったのは20年以上前の話だ。その後、インターネットの爆発的な浸透、ITリソースにおける価格性能比の向上、クラウドやAI(人工知能)/IoT(インターネット・オブ・シングス)といったテクノロジーの急速な進化など、さまざまな要因を背景に、社会と市場の環境は劇的に変化した。
新たなテクノロジーを活用した製品やサービスが、従来の市場を破壊する「デジタルディスラプション(デジタルによる破壊)」は、既にあらゆる業界で起こっている。この渦に飲み込まれることなく、競争力を持ち続けるために、企業は存亡を懸けてビジネスプロセスや組織そのものを、デジタル時代にふさわしいものへと変革し、市場に新たな価値を創出する必要がある。これこそが「DX」の実現だ。
筆者のキャリアは、マーケティングからスタートしている。特に「デジタルマーケティング」の登場と普及が、企業におけるDXの端緒となったケースを多数見てきた。デジタルマーケティングが広く浸透したことで、企業は、より多くの顧客獲得や、マーケティングコストの削減といったメリットを享受し、競争力を高めることができた。その後、マーケティング以外、例えば人事や営業、財務といった部門でも、テクノロジーとデータを利用して、業務の効率性やビジネスの生産性を高められることに、企業は気づいていった。
現在、多くの企業でDXの重要性が認識され、取り組みが進められているが、その進捗状況はさまざまだ。組織全体にデジタルの力を浸透させ、データを競争力の源泉にできている企業と、そうでない企業との差は、以前よりも広がっている。
コロナ禍で「データの民主化」を求める声が顕在化
近年、データ活用の課題を世界中で顕在化させた要因の1つに、2020年来の新型コロナウイルス禍が挙げられる。コロナ禍以前、企業の「デジタル領域」においては、IT部門が絶大な権力を握っていた。システムやデータへアクセスする権限は、「ガバナンス」や「プライバシー」を最優先に、IT部門が中心となってコントロールしていた。
しかし、コロナ禍以降、ビジネス環境の不透明さが一気に増すと、こうしたIT部門による厳格すぎるデータ管理は、迅速な課題解決を阻害するものだと捉えられるようになった。すべての部門が、それぞれ自律的にビジネス上の問題をいち早く発見し、解決に向けて動くことを求められる中で、状況を把握するための多種多様な「データ」へ、より迅速に、より頻繁にアクセスすることを望むようになった。
これは、いわば「データの民主化」を求める声の拡大である。IT部門は、現場のデータに対するニーズに応えることが求められた。
では、IT部門がデータアクセスに関する権限を、より多く現場へ移譲すれば、「データの民主化」は解決できるのかというと、話はそうシンプルではない。
あるアナリストと企業におけるデータアクセスの課題について話をした際、彼は「一般的な企業において、ビジネス上で活用すべきデータにアクセスできるのは従業員の約30%にすぎない」と指摘した。筆者としては、これはかなり楽観的な見積もりで、実感としては「10%以下」だと思っている。
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