ここ最近、「人的資本経営」という言葉を耳にするようになった。一つの契機となったのは2022年8月30日に、内閣官房より上場企業を対象とした人的資本に関する開示ガイドラインとなる「人的資本可視化指針」が発表されたことだろう。また、翌31日に金融庁が発表した「2022事務年度金融行政方針」では、今後、有価証券報告書において人的資本情報開示を義務付ける方針も示された。
2020年9月に経済産業省がまとめた「人材版伊藤レポート」により発信された「人的資本経営」というキーワードは、一時的なトレンドから、企業が当たり前に取り組むべきことに変わりつつある。今年9月にリンクアンドモチベーションが実施した「大手企業管理職向け」人的資本実態調査では、企業の持続的成長には「人的資本」が重要であると答えた回答者が過半数を占めた。
だが、「人的資本」の重要性が認知され、情報開示の動きが企業において広がる一方、具体的な取り組み方法について、多数の悩みが寄せられている。「人的資本経営」はそもそも何を目的とした考え方なのか、なぜ今、世界的に注目されているのか。人的資本経営はその辺が曖昧なままに、一時的なバズワードとして捉える類いのものではない。
最も大きな勘違い。それは人的資本経営を「社員を大切にする」というテーマとして捉えてしまうことだ。人的資本経営は戦略上の取捨選択を行う基準として「人への投資」を用いて、事業成果を高めるための経営戦略である。義務化への対応や情報の開示だけを優先するのではなく、いかに自社の成長につなげていくのか。重要性が認知されてきた今だからこそ、しかるべき取り組み方があるはずだ。
人的資本経営とは何か? 従来の経営とは何が違うのか?
そもそも、「人への投資」に重点を置いた経営(人的資本経営)とは何なのかを考えてみよう。
人的資本経営とは、企業の人材を「コスト≒原価管理の対象」と捉えるのではなく、「資本≒投資の対象」として捉え、積極的に人材に投資することで事業価値を高めていく考え方を意味する。言い換えると、人材マネジメントにROI(投資収益率)を取り入れた考え方である。
人材版伊藤レポートにも記されている通り、人的資本経営はこれまでの経営からパラダイムが大きく変わるものである。従来の経営では、主にPL(損益計算書)やBS(貸借対照表)が経営管理の指標として用いられ、投資家からの評価基準となっていた。財務諸表においては、従業員は費用として捉えられるため、従業員への投資不足に陥りやすく、利益創出のためにはトレーニングなども含めた投資が削減されることもしばしば生じていた。そのため、多くの企業にとって人材は「人事が管理する対象」だったといえる。
一方の人的資本経営では、経営管理の指標としてPLやBSに加えて人的資本情報が用いられる経営を指す。経営陣が中心となって人材戦略を立て、事業価値を高めるための「人への投資」を検討、優秀な人材の確保や従業員のトレーニングを通じて事業成果を高めることが求められる。言い換えると、人材は「経営が投資する対象」となる。経営方法を変えることで、従業員と企業との関係性を「相互依存・囲い込み型」から「自主自律・相互選択型」の形式に変え、個々人の能力や個性を最大限生かしていくことが人的資本経営の目的である。
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