
1カ月前の7月2日未明に起こったKDDI(au)の通信障害は、延べ80時間を超え最大で3915万回線に影響を及ぼす大規模な事故に発展した。音声通話のみでなく、運送サービスや交通機関、金融、電力などの社会インフラにも影響を及ぼすだけでなく、デジタル社会における通信基盤の重要性を再認識させるとともに、その脆弱性に対していかに社会が向き合うかという課題を突き付ける事案でもあった。
事故の翌日3日に開かれた同社の高橋誠社長の記者会見は、技術知識に基づく堂々としたもので、社会に対する説明責任につき一定の評価を得たように見える。他方、当時は参院選のただ中だったこともあってか、政治からの注文により次官級といわれる総務審議官が対策室の現場に派遣された。金子恭之総務相からは、利用者への周知・広報について通信事業者としての責任を十分に果たしたものとはいえないといった見解が示され、マスコミ各社もまた社長の責任を問う質問を繰り返すなど、おなじみと言える光景が繰り広げられた。
この記事は、今回の事故について深掘りしようというものではない。近年だけでもNTTドコモの通信障害、セブンペイの不正決済、みずほ銀行のATM障害など、社会に大きな影響を与えたシステムをめぐる障害事故は枚挙にいとまがない。
つながり合い、複雑化し、それぞれが相互に依存し合って社会に価値を提供する「システム」。ある種、不可避的に発生する障害に対して日本社会がどのように対応していくべきなのか。これを主に提供者である企業の「責任」というレンズを通じて概観したうえで、システムの失敗に対して責任を問う行為の意味について考察してみたい。
事故発生時に問われる説明責任の意味は?
重大事故の発生に際し、企業は危機管理策を発動させる。あらかじめ取りまとめられた危機時のプレーブック(規則集)に従い、最高経営責任者(CEO)をトップに据えたチームを組成。社内、取引関係者、規制当局、社会一般のそれぞれに向けたコミュニケーション戦略を策定して、企業がそれぞれに対して負っている説明責任を果たす。
加えて、事故からの復旧と一次的な原因追及に当たり、ネガティブなインパクトの最小化に向けた最大限の措置を講じる。事故からの復旧が終われば、より深い原因調査を実施し、調査結果に基づく再発防止策の策定と関係者の処分を取りまとめ、これを実行する。
このように、事故発生時に企業が問われるのは、まずもって説明責任である。いま何が起こっているのか、いま分かっている原因は何なのか、これからどのようになっていくのか。これらについて、事故が起こっているさなかに同時並行して説明が求められる。
しかも、説明は自身が伝えたいことではない。相手が知りたいことを伝えなければならない。説明する相手は多岐にわたり、それぞれが知りたいことの焦点は異なる。システムのトラブルは多くの場合、技術的な問題を伴うから、危機管理の先頭に立つ経営者は、これを分かりやすく説明する能力が求められる。
一方、説明が技術に関するものに終始しても、マスコミをはじめとする多くの非エンジニアは、その説明に満足しない。むしろ自らが理解できないフラストレーションを、事故の非技術的・情緒的な側面に光を当てることで、会社の対応の不備を強調し、それを経営者の責任の問題として攻撃材料とし、留飲を下げる行動に出やすい。
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