「行政が従来のやり方を踏襲する」という選択の先に未来を描くのは難しい。このことは、これまでの連載で論じた自治体や企業を取り巻く環境の変化を読んで、ある程度納得していただけたのではないだろうか。「今まで通りで何とかなる」という状況ではない。地方自治や企業を統べる総務省や経済産業省も、そうしたメッセージを発している。そして、社会課題を解決する取り組みに真摯に向き合う必要性を切実に感じている企業も登場している。この連載の主題である自治体と企業が一緒に新しい社会の構築に臨む「お役所仕事をクリエーティブにする官民共創」の重要性が増している背景である。
こうした時代の空気を敏感に感じ取っている自治体や企業はまだ一部ではある。だが、いつの時代でも社会を変えるイノベーションを起こすのは、ごく一部のイノベーターの人たちだ。そして、イノベーションは「起こそう」と思って起きるものではなく、信念に基づいて行動した結果として「起こるもの」である。このことは、過去に起きたイノベーションを振り返ったときに導かれる一つの真実だろう。
回りくどい言い方になったが、要するに行政サイドと企業サイドで「これまでの考え方から脱していかないとこのままではまずい」という空気が共有されつつあるということである。今がちょうどイノベーションが起きる揺籃期(ようらんき)と表現していいのではないか。
これからの連載では、官民共創を成功に導くためのポイントを解説していく。官民共創における成功事例が本格的に生まれ始めるのはこれからである。それでも、萌芽(ほうが)とも言える成功事例を観察・分析すると、官と民が一緒に創り上げるためのポイントがいくつか見えてくる。
TSUTAYA図書館が世に問うたもの
新しいタイプの官民共創プロジェクトの嚆矢(こうし)は、武雄市(佐賀県)の武雄市図書館だ。「小さく生んでトライ&エラーを重ねながら、よりよいサービスを実現していく」という官民共創における成功の方程式を実現している。

武雄市図書館は、指定管理者にカルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)が選ばれたことから「TSUTAYA図書館」とも呼ばれた。この図書館は当時、賛否両論の論争を生んだ。ここでは少し丁寧に振り返りながら、官民共創を考える一つのケーススタディーにしてみたい。TSUTAYA図書館に関する一連の騒動とは一体何だったのかを理解することは、これからの官と民の連携を考えていく上で大いに意味がある。
武雄市は、佐賀県庁のある佐賀市の西に位置する人口5万人に満たない自治体だ。佐賀駅からJR長崎本線とJR佐世保線を乗り継いで33分、特急に乗れば25分で到着する武雄温泉駅から徒歩15分ほどのところに図書館がある。普段はのどかな街が連日のように全国版のワイドショー番組をにぎわすことになったのは、CCCが指定管理者として図書館運営することになったからだった。武雄市は図書館の全面改装を実施し、2013年4月にTSUTAYA図書館は開館した。
武雄市図書館を巡る開館当時の論争は感情的な要素が多分に含まれており、振り返ってみると冷静に議論しにくい状況だったことが分かる。当時の市長のコミュニケーション手法や官民共創に不慣れな民間企業とのミスコミュニケーションなどが複雑に絡み合ったことが背景にあるわけだが、最も根本的な要因は「公的な図書館の運営は行政が直営で手がけるもの」という固定観念だった。
「市立図書館の運営を民間企業に委ねる」、しかも「それまで図書館行政に接点がなかったCCCに委ねる」。この点は特に認め難いという感情が渦巻いていた。指定管理者側に「選書に難がある」「子ども向けの書籍がはしごを使わないと取りにくい場所に配架される」といった問題があったのも事実だが、一方で「地域資料が廃棄された」などの誤った情報が出回ったこともあった。
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