温室効果ガス削減目標の見直しも

 世界各国が合意した温室効果ガス削減目標については、本連載の第2回に登場した山形浩生さん(山形浩生「温暖化の誇張はやめよう。脱炭素に揺り戻しも」)やエネルギーアナリストの大場紀章さんが語っているように(「カーボンニュートラル論争――何がエネルギー政策の潮流をつくるのか?」『公研』2021年9月号「対話」)、私も2030年代半ばごろに達成不可能という認識が広がり、40年代に見直しされるのではないかと想像します。ウクライナ戦争に起因する化石燃料不足によって、そういった認識はもっと早まるかもしれません。

 とはいえ、今後、数値目標が見直されるとしても、環境破壊を招かない限りにおいて、再生可能エネルギーの普及を進めるべきだとは思います。そのためには、バックアップ電源の技術革新が不可欠です。現在のリチウムイオン電池では低コストの電力供給はとても無理です。全固体電池やさらなるイノベーションが必須です。

確証バイアスは対話でしか抜け出せない

 『気候変動の真実』について、日本では主流派からの批判がほとんど聞こえてきません。国立環境研究所の江守正多さんは、「懐疑論・否定論に対して主流の科学が反論すると、そこに論争があるように見えてしまうという問題があります。つまり、科学的には信頼性のレベルが雲泥の差であるにもかかわらず、対等な2つの学説がぶつかり合っていると誤解されてしまうのです」(『世界』22年6月号「気候再生のために」)と書いていますが、これが1つの姿勢なのかもしれません。

 英語圏では本書への批判があります。それらは主に「クーニンが根拠としているのは、自説に都合のいい論文や都合のいい箇所だけを用いているチェリーピッキングで、非倫理的だ」というものです。

 しかし、自身が意図したストーリーに沿った論文を選択したという点で、クーニンが倫理的でないと批判できるのでしょうか。

 持論を支持する情報に特に注目し、反証となる情報を無視しようとするバイアスを、行動経済学では確証バイアスと呼びます。「人は他人のバイアスには気づけるが、自分のバイアスには気づきにくく、たいていの場合、自分のバイアスは克服できない」(『賢い人がなぜ決断を誤るのか?』オリヴィエ・シボニー著/野中香方子訳/日経BP)。

「クーニンにも確証バイアスがあるかもしれませんが、決して非倫理的でも陰謀論者でもありません」
「クーニンにも確証バイアスがあるかもしれませんが、決して非倫理的でも陰謀論者でもありません」
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 確証バイアスは、IPCCの報告書や気候変動のメインストリームにいる研究者にもあるはずです。彼らには、「人為的に排出する温室効果ガスがもたらす気候変動によって、地球環境は危機に向かっている」という、メッセージ性の極めて高い、壮大なストーリーがあります。これを支持する研究成果に注目し、あるいは目標にしがちではないでしょうか。

 気候変動のストーリーは真実であり、真実に向かって前進しているのかもしれません。とはいえ、あまりに強いストーリーに対して確証バイアスのわなに陥っている可能性が排除されないという懸念が残ります。

 12年に日本気象学会が主催した公開シンポジウム(「地球温暖化問題における科学者の役割」)には、気候変動を巡るさまざまな立場の研究者が集まりました。そこでは自由闊達に議論が交わされたというより、それぞれの論者が見解を一方的に主張する場となりました。太陽物理学者が太陽活動の要因による寒冷化を指摘すると、気象学者は人間活動要因による温暖化を主張するといった具合です。

 私が、「天文学者と気象学者では『言葉』が違う」というエピソードを紹介したら、パネリストの1人は「気象学者同士でも『言葉』が違いますよ」と発言、会場が笑いに包まれたことを思い出します。

 先に触れたように、最近の日本では、メインストリームの研究者は異なる意見を黙殺している状況にあるようですが、一方でIPCCの報告書を01年の第3次から直近の第6次まで順を追って見てみると、反対する意見にも真剣に向き合い、改善するなり反論するなりしています。

 科学上の画期的な知見は、異なるストーリー同士の対話から生まれることがしばしばあります。確証バイアスを自分自身で克服するのは難しいですから、反対の立場からの検証が最も効果的です。気候科学を発展させていくためにも、さまざまな立場の論者がもっと対話を進めていくべきだと思います。

取材・文/桜井保幸(日経BOOKプラス編集部) 取材・構成/沖本健二(日経BOOKSユニット第1編集部) 撮影/木村輝

日経BOOKプラス 2022年9月5日付の記事を転載]

温暖化論議に一石を投じる米10万部超ベストセラー

気候変動に関する科学の情報は、大元の文献から一般に伝わるまでの間にねじ曲がっていき、誇張や噓がまかり通っている――著者のスティーブン・E・クーニンはこう主張します。科学は本当のところ、何をどこまで言っているのか。米国で10万部超のベストセラーになった話題作です。

スティーブン・E・クーニン著/三木俊哉訳/日経BP/2420円(税込み)
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