「インドネシアの誇り」となる

 2019年4月11日。5年に一度の大統領選挙の選挙戦最終盤のこの日の夜、現職大統領のジョコ・ウィドドはジャカルタ北部アンチョールのホール、エコベンション・パークで開かれたゴジェックのイベントに出席した。接戦の大統領選の最終盤という貴重な時間になぜゴジェックのイベントを訪れたのか。その背景を分析すると、ゴジェックを含む配車サービスが政治をも動かす力にまで成長したことが見てとれる。

 イベント前に開かれた記者会見には、スペシャルゲストとしてジョコ・ウィドドの最側近である海事担当調整相(現海事・投資担当調整相)のルフット・パンジャイタンが参加し、「ゴジェックはインドネシアの誇りだ」と持ち上げた。彼はゴジェック運転手の緑色のユニホームを着て記者会見に登壇するサービスまで見せた。

 確かに、歴史上、インドネシアの主要産業のほとんどは外国企業がもたらしたものだった。かつて産油国だった時代の主役はロイヤルダッチ・シェルやシェブロン、エクソンといった石油メジャーだったし、新車販売市場はトヨタ自動車や三菱自動車など日本勢が9割超を占めている。インドネシア人の青年が自国で世界有数のIT企業を立ち上げたことは、インドネシア人に大きな自信を与えたことは確かだ。

ゴジェックの記者会見に登壇したルフット・パンジャイタン(中央)とナディム・マカリム(後列左から3人目)(筆者撮影)
ゴジェックの記者会見に登壇したルフット・パンジャイタン(中央)とナディム・マカリム(後列左から3人目)(筆者撮影)
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 政治家がこぞってゴジェックに近づくのは、単に革新的で「インドネシアの夢」を実現したからだけではない。ゴジェックの庶民への影響力はすでに無視できない規模になっているからだ。ゴジェックの公称ドライバー数は2021年初めの段階で約200万人。正確な数字は不明だが、すでに2019年ごろでも100万人超と言われていた。インドネシア自動車製造業者協会によると、代表的な製造業である自動車産業の従事者が150万人だから、ゴジェックの運転手の規模がいかに大きいかが分かる。

突如、教育相に就任した衝撃

 2019年10月23日。その日は突然やってきた。同年4月の大統領選挙で勝利し、2期目の政権を発足させた大統領のジョコ・ウィドドは、その目玉人事として、インドネシアを代表する若き経営者、ナディム・マカリムを教育・文化相に任命したのだ。就任時の年齢は35歳。ジョコが重視していたミレニアル世代からの登用となった。そして、規定により大臣は民間企業との兼業はできないため、ナディムはゴジェックのCEOを辞した。実にあっけない退任劇だった。

 ジョコ政権はゴジェックについて、労働者のデジタル化のモデルケースと見ている。ゴジェックの運転手の大半はインフォーマル経済に属する人たちだった。勤め人のように毎月決まった月給をもらうわけではなく、オジェック(バイクタクシー)の運転手として細々と生活費を稼ぐ低所得者だ。ゴジェックは彼らにスマホを与え、いわばデジタル武装させる。スマホを使って数百万の運転手の所得を向上させた手腕を、ジョコは高く評価していた。

 インドネシアの労働人口の1割近くがいまだに小学校卒で、中卒以下を合わせれば過半を占める。教育を改善して、産業界に貢献できる人材を生み出す。途方もなく大きな社会問題の解決に向けて、就任当時35歳だったナディムは動き出した。

 ナディムが教育相に転身した後、社長だったアンドレ・スリスツヨと共同創業者に名を連ねるケビン・アルウィが共同CEOに就任した。就任の記者発表文で、事業は「これまでと変わらない」と発表したが、実態としては、創業者のナディムが去ると時期を同じくして、スーパーアプリという理想よりも、採算性という現実を重視した戦略に転換している。ゴジェックにとって最も大きな変化はサービスの縮小だ。マッサージ師を自宅に呼べるサービスや、家事代行系のサービスをたたんだ。

 創業者ナディムがゴジェックを去った時期は、ちょうどユニコーンの真の価値に疑念が向けられ始めた時期でもある。「支配的な株主がいないので、経営の自主性が保たれている」と豪語していたゴジェックも投資家の意向にはあらがえず、サービス拡大一辺倒から、選択と集中という、ある意味では企業として当然の方向に大きく舵を切ったのだ。

日経BOOKプラス 2022年6月8日付の記事を転載]

急成長企業が東南アジアで続々誕生!

東南アジアで有望なスタートアップが続々誕生している。特にグラブ、シー、GoTo(ゴジェックとトコペディアが統合)の3強は巨大で、世界中の大企業やファンドが出資や提携を求めて殺到。現地駐在経験が豊富な日経新聞記者が、大躍進の秘密を解き明かす。

中野貴司、鈴木淳著/日本経済新聞出版/990円(税込み)

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