ウーバー買収の衝撃

 グラブの共同創業者のアンソニー・タンとタン・フイリン、2人のタンが出会ったのは、創業2年前の2009年、場所は留学先の米ハーバード大学経営大学院だった。「BOP(ベース・オブ・ザ・ピラミッド=低所得者層)ビジネス」の講義をきっかけに志を共有した2人は、マレーシアの交通安全を解決するというテーマを掲げた配車アプリの事業計画を立て、学内のコンペで2位に入選する。

 卒業後に母国、マレーシアに帰国した2人は、ハーバード大時代に机上で描いた構想を実現すべく、2011年7月にMy Teksiという会社を立ち上げる。世界中の起業家と同じように、知人から借りた倉庫でアプリの試作を繰り返す、ささやかなスタートだった。

グラブの創業者、タン・フイリン(左)とアンソニー・タン(写真:グラブ提供)
グラブの創業者、タン・フイリン(左)とアンソニー・タン(写真:グラブ提供)
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 ハーバード大で世界中から集まってきた起業家の卵たちと切磋琢磨(せっさたくま)した2人は、最初からこの可能性を秘めたビジネスをマレーシアだけにとどまらせるつもりはなかった。会社設立の翌年の2012年6月にマレーシアで配車事業を開始すると、1年後の2013年7月には早くもフィリピンに、同じ年の10月にはシンガポールとタイに進出する。そして、2017年12月にカンボジアに進出し、ASEAN主要8カ国を営業地域とする体制が完成した。

 東南アジア発のスタートアップとして知名度を高めていたグラブが配車事業で盤石の地位を固めたのは、2018年3月の米配車最大手、ウーバーテクノロジーズの東南アジア事業買収だ。それまでグラブは「東南アジアのウーバー」と呼ばれ、時には物まねと揶揄(やゆ)されてきた。そのグラブが「本家」のウーバーの東南アジア事業を買収する事態は、多くの社員にとってすら想像できないことだった。

 ウーバーの買収は配車以外でも大きな利点があった。食事宅配事業のウーバーイーツを引き継いだことだ。当時、グラブは食事宅配事業を試験的に始めていた程度だったが、ウーバーイーツが築いた提携飲食店網とノウハウを手に入れ、一気に事業拡大に踏み切れるようになった。グラブの宅配事業を統括するデミ・ユーもウーバー出身だ。

1つのアプリで提供する効果

 1つのアプリで多様なサービスを提供し、膨大な顧客基盤を獲得する例は、騰訊控股(テンセント)など中国勢が先駆けと言われる。ただ、配車、宅配、金融の各サービスを複数の国に横展開し、それぞれの国で高いシェアを得ている例は世界的に見ても珍しい。

 アンソニー・タンはナスダック市場への上場を発表した当日、2021年4月13日の日本経済新聞のインタビューで、「多くの投資家は我々をウーバーと(米料理宅配大手の)ドアダッシュ、(中国の金融大手の)アント・グループを足し合わせた存在だと捉えている」と主張した。こうした消費者の日常生活に欠かせない複数のサービスを集約したアプリを「スーパーアプリ」と呼び、このモデルこそグラブの強みだと強調する。

 実際、複数のサービスを同時に手掛けることは、それぞれのサービスの顧客獲得コストを下げ、売り上げを相乗効果で伸ばす利点がある。グラブはこの効果を「フライホイール(弾み車)」という言葉で表現しているが、データからも多くのサービスを使う消費者ほど、グラブのアプリを使い続ける傾向がはっきりと出ている。グラブのサービスを4つ以上使う消費者の86%が1年後もアプリを使い続けているのに対し、1つのサービスしか使わない消費者の継続率は37%にとどまる。

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