消費者の味覚までトリコにする「プライスレス」な価値の提供
聴覚を通じたブランド戦略に加えて、マスターカードは味覚を戦略に取り入れようと作業を開始した。味覚は原始脳と密接に関係していて、消費者にすぐ影響を与える。ほとんどの場合、人は瞬間的に味の好き嫌いを判断する。すぐ好きにならない場合、好きになるまでには長い時間を要する。味覚は、食品や飲料品関連のブランドにとってごく自然な感覚だ。
では、マスターカードのように味覚とつなげる必然性が薄いブランドについてはどうだろうか?
マスターカードは「プライスレス・テーブル」というプログラムを立ち上げた。1テーブルか2テーブル分の素晴らしいディナーを提供するという企画だが、一風変わった、そして想像もしないような場所にテーブルをセッティングしたのだ。例えばマンハッタンにあるビルボードの前だったり、シカゴの博物館内に展示されている恐竜の骨格標本の脇だったり、球場のグラウンドだったり。私たちは、消費者に素晴らしい体験を楽しんでもらえるよう、世界中で数千カ所にのぼるこうした場を用意した。これはマスターカードのブランドイメージ向上に直接貢献することとなり、SNS上でも多くの会話が交わされた。
さらに、マンハッタンを含む多くの場所でレストランを開いた。そのうちいくつかについては、あえて世界中の個性的なレストランを忠実に再現した。そして、店舗コンセプトの鮮度を保つため、店のテーマは頻繁に変更している。例えば、「The Rock」と言えば、文字どおりタンザニア領ザンジバル島沖にある岩場の上に建つ、とても個性的なレストランだ。私たちはこのレストランを完璧に再現した。窓から見える風景まで含めてオリジナルと寸分たがわない店をつくった。メニュー、海風、香り、そしてマスターカードのソニックメロディーを活用したBGMにいたるまで。驚くような多感覚のブランド体験を創造したのだ。
また、マスターカードは、フランスで最高のパティスリーである「ラデュレ」と組んで、オリジナルフレーバーのマカロンもつくった。一つはテイスト・オブ・オプティミズム(楽観主義)、もう一つはテイスト・オブ・パッション(情熱)だ。その二つを、マスターカードのロゴで使われる二色、赤と黄色で仕上げ、ラデュレの一部店舗で販売し、さらに各種イベントやカンファレンスにおいて、マスターカードの顧客にも配った。
このように多感覚へのアプローチを通じてブランド力の強化、そして認知度の向上に成功したのだ。私たちの意図は、単にお金を払うだけでは手に入らない健全な多感覚体験を、マスターカードが提供することにあった。
(訳:三宅康雄)

[日経BOOKプラス 2022年12月16日付の記事を転載]
1人が1日に受ける広告メッセージの数は、平均3000から5000のあいだです。多過ぎる情報の中で、果たして“マーケティング”は本当にいまの消費者に刺さるのでしょうか? 多感覚ブランディングというクオンタム・マーケティングの考え方は、今後マーケターやビジネスパーソンが知っておきたいものです。『フォーブス』誌で「世界で最も影響力のあるCMO(最高マーケティング責任者)」にも選ばれたマスターカードのラジャマナーCMOが、歴史、最新技術、神経科学などから新時代のマーケティングを解説します。世界第一線で活躍するマーケターから「超実践的なマーケティング手法」を学びましょう。
ラジャ・ラジャマナー(著)、三宅康雄(訳)/日経BP/2420円(税込み)
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