日本企業は二酸化炭素(CO2)の排出削減に関しては熱心に取り組んでいるが、SDGs(持続可能な開発目標)に掲げられた格差や人権、生態系などの課題に対してのアクションは、欧米企業に比べて見劣りする。そこで、前環境事務次官の中井徳太郎氏に、欧州のSDGsをけん引してきた英蘭ユニリーバの前最高経営責任者(CEO)、ポール・ポルマン氏の最新刊『Net Positive ネットポジティブ 「与える>奪う」で地球に貢献する会社』(アンドリュー・ウィンストン氏との共著)を読んでもらい、日本企業のSDGsの課題について語ってもらった。

マイナスの影響をゼロにするだけではもはや不十分

『Net Positive(ネットポジティブ)』では、消費財のグローバル企業である英蘭ユニリーバの前CEO、ポール・ポルマン氏が、経営不振だった同社を、国連のSDGs(持続可能な開発目標)を先取りする形でサステナビリティー(持続可能性)を軸に立て直した様子が描かれています。まずこの本を読まれての率直な感想を聞かせてください。

中井徳太郎氏(以下、中井):「ネットポジティブ」という言葉はすごく刺激的です。これまで企業は、良かれと思って便利さ、効率、豊かさを追求してきたわけですが、その一方で、有限である地球資源を大量消費したり、地球温暖化の原因となるCO2を大量に排出したり、廃棄物のことを考慮せずに大量生産をしたりしてきました。ところが近年になって、これまでの人間の経済活動により地球が危機的な状況に陥っていることが、科学的に確認できるようになった。

 それが分かったからには、目指す方向を変えなければなりません。何のために経営するかというパーパス(会社の存在意義や事業の目的)を根本から問い直すべきときが来ています。つまり、パラダイムシフトが求められているわけです。ポルマン氏は本書で、その方向姓を明確に示してくれています。

中井徳太郎(なかい・とくたろう)氏 前環境事務次官。1985年東京大学を卒業後、大蔵省(現財務省)入省。財務省主計局主計官、環境省大臣官房審議官、同省廃棄物・リサイクル対策部長などを歴任後、2020年に環境事務次官に就任。現在は日本製鉄顧問として、同社のサステナビリティー戦略をサポートする(写真:鈴木愛子、以下同)
中井徳太郎(なかい・とくたろう)氏 前環境事務次官。1985年東京大学を卒業後、大蔵省(現財務省)入省。財務省主計局主計官、環境省大臣官房審議官、同省廃棄物・リサイクル対策部長などを歴任後、2020年に環境事務次官に就任。現在は日本製鉄顧問として、同社のサステナビリティー戦略をサポートする(写真:鈴木愛子、以下同)
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CO2削減で言えば、現在、排出を実質的になくす「ネットゼロ」を宣言する企業が増えていますが、ポルマン氏は自社の分をゼロにするだけでなく、それ以上減らす「ネットポジティブ」を主張しています。

中井:今、私たちが目指すべきことは、人類の基盤である地球の生態系を取り戻すことです。これまでは、経済活動によってCO2の排出だけでなく化石燃料・地下資源の乱用、森林破壊などによって地球の生態系を痛めつけてきましたが、状況は危機的でありマイナスの影響をゼロにするだけではもはや十分ではありません。プラスの影響を与えるようになること、つまり「人間が活動すればするほど自然が戻る、自然の機能が豊かになる」ことを、企業は究極の目標にしていくべきだと思います。

 ポルマン氏はユニリーバで地球や社会にポジティブな影響を与えることを実践するため、「サステナブルな暮らしを“あたりまえ”にする」というパーパスを打ち出し、それに基づく10年の長期計画を策定して全社員や取引先にも徹底的に浸透させました。

 こういう変革の時期には、組織のリーダーがあるべき方向性を明確に打ち出し、本人が言うだけではなく、組織の末端に至るまでパーパスを浸透させ、一人ひとりの社員が本気でその実現に取り組むことが重要です。ポルマン氏はそれを実践して組織と社員の潜在力を存分に引き出しました。本書の中で「魂を解き放つ」と形容しているように、パーパスに導かれるように組織の全員が一丸となって持続可能な取り組みを全世界で展開し、「環境負荷を2分の1」「10億人以上のすこやかな暮らしに貢献」などの非常に高い目標をクリアした。地球環境や社会に貢献しただけでなく、利益もしっかり出しているところが素晴らしいと思います。

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