暗号資産イーサリアムを弱冠19歳にして2013年に創案し「若き天才」と称されるヴィタリック・ブテリン。彼はプログラマーであると同時に、ブロックチェーンおよび暗号資産のあり方を2011年から取材・執筆してきた著述家でもある。イーサリアム誕生前夜から現在までの彼の著述をまとめた書籍『イーサリアム 若き天才が示す暗号資産の真実と未来』から、ブロックチェーン技術の価値に関する考察を一部抜粋・再構成して紹介する。

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 ヴィタリック・ブテリンは2015年4月、「ブロックチェーン技術の価値」という記事を「イーサリアムブログ」に投稿した。イーサリアムを精力的に開発しつつ、ブテリンは次のように自問している。「結局のところ、これは何の役に立つのか」。この考察では、ブテリン自身がブロックチェーンおよびそのアプリのあり方に向き合いつつ、再度ブロックチェーンを定義し直すに至る。

イーサリアムを創案したヴィタリック・ブテリン氏(写真:Shutterstock)
イーサリアムを創案したヴィタリック・ブテリン氏(写真:Shutterstock)
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ブロックチェーンは、いったい何の役に立つのか?

 ブロックチェーン技術について、私自身の研究でいつも中心にあった疑問がある。結局のところ、ブロックチェーンは何の役に立つのかということだ。どんなものにもブロックチェーンが必要なのはなぜか、ブロックチェーン的なアーキテクチャーではどんなサービスを実行すべきか、とりわけ、昔ながらのただのサーバーではなくブロックチェーン上でサービスを実行したほうがいい理由は何なのか。

 ブロックチェーンには、厳密にいって、どれほどの価値があるのだろうか。そして特に重要なのはおそらく、何がいわゆる「キラーアプリ」になるのかという点だ。

 この何カ月間か、私はかなり時間をかけてこの問題を考えてきたし、暗号資産の開発者やベンチャー企業、あるいはブロックチェーン分野以外の人と議論も重ねてきた。なかには、人権擁護の活動家や、金融・決済業界など他分野の人もいる。そうした考察と議論を通じて、私なりにいろいろと有意義な結論が見えてきたところだ。

「キラーアプリ」はない!

 まず、ブロックチェーン技術に「キラーアプリ」は登場しない。理由は単純、「手の届く果実から摘まれていく」原理だ。もし仮に、現代社会のインフラストラクチャーのうち相当の部分について、ブロックチェーン技術のほうが圧倒的に有利だといえる用途が本当に存在するとしたら、人はとっくにそれを声高に広めているだろう。

 昔からある、こんなジョークにも似ているかもしれない。ある経済学者が、20ドル紙幣の落とし物を発見するのだが、偽札に違いないと結論する。本物だったら、とっくに拾われているはずだから、というのだ。だが、このジョークの場合は、ブロックチェーンアプリとは状況が少し異なる。

 ドル紙幣の場合、探索コストが低いから、たとえ本物である可能性が0.01%しかないとしても、紙幣を拾うのは道理にかなっている。だがアプリの場合、探索コストがきわめて高くなり、何十億ドルにも相当するインセンティブがある人ならたいてい、もうとっくに探索しているはずなのだ。そして今のところ、誰でも思いつき、圧倒的な優秀さで他を圧倒したような使い方は、ひとつも登場していない。

 それどころか、「キラーアプリ」にいちばん近いものを我々が仮にもてるとすれば、それはすでに登場している機能であり、もうイヤになるくらい派手に語りつくされているはずだと断定してもいいくらいだ。たとえば、ウィキリークスとシルクロードの検閲耐性がそれに当たる。

 シルクロードは、匿名の闇ドラッグ取引サイトで、2013年に捜査当局によって閉鎖されたが、運営されていた2年半のあいだに10億ドル以上の売り上げを処理している。一方、ウィキリークスに対しては決済システムを利用して閉鎖が画策されたものの、ビットコインとライトコインによる寄付がその収益の大半を占めるようになった。どちらの場合も、ニーズは明白で、経済的余剰の見込みはきわめて大きかった。ビットコインが登場するまで、ドラッグは人からじかに買うしかなかったし、ウィキリークスへの寄付には現金書留を使うしかなかった。

 したがって、ビットコインは利便性による膨大な利益をもたらしたのだが、そこに生まれた好機はほぼ一瞬で利用し尽くされた。今はこれが当てはまる状況ではなく、ブロックチェーン技術の周辺に存在する好機をつかむのは、そう容易なことではなくなっている。

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