官僚の意欲を高める「働きがい改革」には、スキルの明確化が欠かせない。多様な利害関係者をまとめ、複雑な社会課題を解決する力はその代表だ。霞が関を飛び出した人材が示すそのポテンシャルは、日本再興にも欠かせない。

■特集のラインアップ
#1 霞が関人材クライシス 若手官僚はなぜ辞めるのか
#2 脱「ブラック霞が関」へ 見え始めた働き方改革の成果と課題
#3 立ち上がる民間出身官僚 「個の犠牲」に頼らない霞が関へ再出発
#4 河野太郎氏「霞が関に人材が集まらないことの実害は出始めている」
#5 官僚だってやりたい仕事がある 2割の時間を「本業外」に
#6 40代官僚「同窓会で給料の話になったらトイレに」 覆面座談会
#7 日本の食糧問題を伝えたい 官僚YouTuberが挑む「ゆるい広報」
#8 メルカリ指数、仕掛け人は経産OB 官僚の「調整力」は企業で光る(今回)
#9 総務省出身のDeNA岡村社長「官僚の総合力、企業経営で生かせ」
[関連動画]特集を担当記者が3分で解説「校了乙」
 

 メルカリが5月16日に開いた「メルカリ物価・数量指数」発表会。同社の政策企画担当執行役員の吉川徳明氏は、「メルカリ市場で確認できる価格、数量を社会で生かしてもらいたい」と語った。

 フリマアプリでの取引価格と数量を指数化し、衣服や書籍、化粧品などカテゴリー別に月単位で取得できるようにした。東京大学エコノミックコンサルティング(東京・文京)と共同開発した。

 ウクライナ危機や円安を受けた原材料価格の上昇を、企業が全て売価へ転嫁できているわけではない。それに対しメルカリのようなC2C(消費者間取引)市場は、需給が価格に反映されやすく、消費者行動やマーケティング研究への活用が期待できる。吉川氏は、「指数の価値を最大化できるのはメルカリではない」として、小売業や研究機関、メディアなど社外での活用に期待を込めた。

吉川徳明・メルカリ執行役員。2006年経産省入省。通商交渉やIT政策に携わり、出向した内閣官房でTPP交渉に従事。14年にヤフーへ移り、18年からメルカリで政策企画担当。政策提言や自主規制の策定を通じ、成長と社会からの信頼獲得の両立を目指す。
吉川徳明・メルカリ執行役員。2006年経産省入省。通商交渉やIT政策に携わり、出向した内閣官房でTPP交渉に従事。14年にヤフーへ移り、18年からメルカリで政策企画担当。政策提言や自主規制の策定を通じ、成長と社会からの信頼獲得の両立を目指す。

 吉川氏は元官僚。経済産業省で通商政策やIT政策、内閣官房で環太平洋経済連携協定(TPP)の交渉に携わり、2014年にヤフーへ転職し、18年からメルカリに移った。

 吉川氏の官僚としての経験が最も生きたのが21年の「マーケットプレイスの基本原則」の策定だ。コロナ禍でマスクや消毒液の高額取引が社会問題化した。月間利用者が2000万人規模に膨らみ、社会インフラとして認知されるようになったメルカリ。適法だからと全ての取引を認めては社会の支持が得られない恐れがある一方で、各人が不快だと訴える取引を全て制限しては窮屈さから利用者離れを招きかねない。

 「マーケット運営の基本的な考え方を社会に示す必要がある」(吉川氏)と、経済学、企業倫理、ファッション分野などの有識者を集めて議論した。「安全であること」「信頼できること」「人道的であること」を柱とし、災害時などに需給が逼迫する必需品は出品を規制することなどを定めた。

 議論の過程で明確になった「多様な価値観を持った売り手と買い手の自由な取引を通じ、需給のマッチングを実現する」というメルカリの役割が、前例がない中での指数公表につながっている。

 多様なステークホルダー(関係者)の意見や価値観を基に、ルールを形成する力が官僚の本質的なスキルの一つだ。それは単なるロビイングにとどまらない。例えば、吉川氏は経産省時代、東日本大震災後の計画停電を巡っては、ヤフーのサービスを通じて電力予報を発信するために、確定していないデータは出せないと慎重な電力会社との調整を担った。

 こうした問題の多くは、それらしい答えは共通認識としてあっても、特定の組織や個人に決定権がない場合がほとんどだ。そのため、「使う言葉や価値観が異なる」(吉川氏)関係者の利害を調整する必要がある。相手の価値観や慣行の理解がなければ、交渉の舞台にすら上がれない。事前の入念な調査や交渉中の即興の言葉選び、関係者が納得できる内容を言語化するスキルが培われる。

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