人工肥料の開発が人口爆発をもたらした

古舘:エネルギー革命の2つ目は、「農耕の開始」です。エネルギーの視点から見た農耕とは、人類による太陽エネルギーの占有です。土地を開墾し、田畑を整備して農作物を育てるという行為は、その地に自生する植物や動物を追い出し、その土地に注ぐ太陽エネルギーを独占することです。

 農耕を始めたことで人類は計画的に余剰エネルギーを蓄えておくことができるようになり、人口が上昇軌道に乗りました。

 3つ目は、「産業革命期における実用的な蒸気機関の発明」です。この発明の真の偉大さは「エネルギー変換」を実現した点にあります。それまでの動力機械であった風車や水車は、風や水の流れという自然が生み出す運動エネルギーによって動き、粉をひくことなどに使用されていました。

 一方、蒸気機関は石炭を燃やして水を加熱し、発生した水蒸気が持つ熱エネルギーを使ってピストンを動かし、運動エネルギーを取り出します。つまり、「熱エネルギーから運動エネルギーへの変換」が行われている。これは、熱源となり得るものはすべて動力に変換できることを意味します。

 石炭も石油も天然ガスも、そして原子力も、熱源という意味では違いはありません。蒸気機関の発明は燃料の選択肢を広げ、かつてない規模でのエネルギーの大量使用を実現する道を切り開くことになりました。

 そして、4つ目の革命である「電気の利用」によって、エネルギーを簡単に移送し、自由自在にエネルギーを変換できるようになりました。蒸気機関では、熱エネルギーを取り出した場所で変換された運動エネルギーを使う必要がありましたが、電気の場合は、つくる場所と使う場所が離れていても送電線を通じて送れるので、「場の制約」から解放されます。

 その上、運ばれてきた電気エネルギーは、モーターによって運動エネルギーに変換したり、テレビによって光エネルギーに変換したり、電気ポットでお湯を沸かす熱エネルギーに変換したりと自由自在です。電気の登場によって、さまざまな制約がなくなり、エネルギー消費量は飛躍的に増えました。

 最後の5つ目の革命は「人工肥料の開発」です。20世紀に入って、肥料の3要素の1つである窒素を人工的に生産できる技術が開発されました。人工肥料とエネルギー革命は一見あまり関係のないように思えますが、人工肥料は、大量のエネルギーを投入して空気中から窒素を取り出し、固定化させることで製造します。

 人工肥料が開発される前までは、自然界で窒素を固定化させる量には一定の限界があり、その上限が、人類を含む生物の総量を制限していました。それが自然界の暗黙の秩序でした。しかし、窒素肥料の大量生産が可能になったことで、穀物の収量が飛躍的に増える「緑の革命」を支え、これが人口の爆発的な増加をもたらしました。

 20世紀初頭、16億人にすぎなかった世界人口は、20世紀末には60億人を突破し、国連の「世界人口推計2022年版」によると、2022年11月には80億人に達する見込みです。もし、人工肥料が開発されていなかったら、人口は16億人からあまり増えなかったと考えられます。人工肥料の開発技術は、自然界のくびきから人類を解き放ちました。

 今日に至るまで私たちは、これら5つのエネルギー革命を経て、エネルギーを自由気ままに大量消費できる社会を実現し、自然界の束縛から自由になっていきました。しかし、裏を返せば、現在の資本主義社会は、大量のエネルギー供給が少し細るだけで社会が揺らぐ、ある意味脆弱な世界であることを知っておかなくてはなりません。ロシアのウクライナ侵攻により、欧州への天然ガス供給が細り、危機的な状況に陥ったのは、その典型例と言えるでしょう。

坂野俊哉(ばんの・としや)氏 PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス エグゼクティブリード。20年以上の戦略コンサルティング経験を有し、企業の経営戦略、事業戦略、海外戦略、アライアンス・M&A(合併・買収)、企業変革などのプロジェクトに多数携わる。著書に『SXの時代』『2030年のSX戦略』(共著、いずれも日経BP)。
坂野俊哉(ばんの・としや)氏 PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス エグゼクティブリード。20年以上の戦略コンサルティング経験を有し、企業の経営戦略、事業戦略、海外戦略、アライアンス・M&A(合併・買収)、企業変革などのプロジェクトに多数携わる。著書に『SXの時代』『2030年のSX戦略』(共著、いずれも日経BP)。
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