短期投資家の反対に屈しない覚悟が必要
名和:ユニリーバはリーマン・ショックの後、四半期決算の報告をやめると宣言しました。それに対して短期投資家が反発しましたが、当時のユニリーバのCEO(最高経営責任者)であるポール・ポールマンは、「だったら、株式を売却してくれても構わない」と譲りませんでした。長期成長を優先し、短期投資家の反対に屈しなかったのです。
短期投資家が株式を売れば、流動性が高まって長期投資家は株を買いやすくなります。それによって、株主構成が変わり、長期スパンでの改革を進めやすくなります。企業としての優先順位を明確に説明して、投資家に正しく判断してもらう。それをできない投資家にはお引き取りいただく、というくらいの覚悟が経営者には求められます。
坂野:今は長期投資家が増えていますから、ストーリーに説得力のある企業こそが選ばれていくでしょう。
名和:長期の時間軸で互いにWin-Winになれる投資家に選ばれるストーリーを構築することです。単なるきれいごとや独りよがりな主張ではなく、無形資産やサステナビリティへの投資が将来価値につながることを、客観性を持って説明できれば、長期投資家は必ず振り向きます。
そのためにも、投資家とのエンゲージメント(建設的な対話)は大事です。投資家はいろいろな企業を見ているので、自社のいいところや足りないところ、得意技などを第三者の視点で指摘してくれます。そこから、ストーリーの種が見つかることもあるでしょう。株主にファンになってもらうつもりで、積極的にエンゲージメントすべきだと思います。
「両利きの経営」の落とし穴
磯貝:日本では3年ごとの中期経営計画にこだわる企業が多いですが、欧州ではサーキュラーエコノミーの必要性を10年前に予測して手を打ってきました。先を読んでポートフォリオを転換するためにも長期の時間軸を持つことが重要です。
名和:私は日本企業の計画主義を「風土病」の一つだと言っています。一度、計画を立てると戦局の変化を見ずに、猛進する文化が昔からあります。真面目にPDCAを回すけれど、変化に対する機動力がない。
不確実性の高い時代に3年前、5年前に立てた計画に固執していると足をすくわれます。大事なのは、ぶれない北極星を定めること。それが、パーパスです。そこに至る途中で何が起きるかは予測できません。
一方で、日々の経営では、細かい数字、小さな目標にこだわって着実に利益や成果を出し続ける。長期的な高い目標と短期的な成果の両方に徹底してこだわるのが、私が提唱する「遠近複眼経営」です。日本企業は「中計病」から脱して、「遠近複眼経営」に舵(かじ)を切るべきです。
坂野:中期経営計画の時間軸自体を考え直す企業も増えています。例えば、10年後を見据えるサステナビリティ目標をまず設定し、中計はあくまで長期計画を実現するための計画と位置づけ、絶えず変化を反映しながら毎年見直していくような対応です。
名和:長期目標からバックキャストして、現在地との中間点を確認するのなら意味があるのですが、中途半端な中期経営計画はナンセンスです。
中計病もそうですが、日本の真面目な経営者は、一見正しそうなことを真面目にやろうとします。その意味で、私が最近、危惧しているのが、「両利きの経営」を真面目にやろうとしている経営者がいることです。
イノベーションを起こすには、新規事業の「探索」と既存事業の「深化」の両方が必要だというのが両利きの経営の考え方ですが、自社の強みと関係がないところで安易に探索に走ってもベンチャー企業には勝てません。
日本電産の創業者でCEOの永守重信さんの経営理論の一つに「井戸掘り経営」があります。「井戸を掘れば掘るほど、新しい水が湧き出てくる」と永守さんは言っています。自社の得意分野を突き詰めていけば、新しいアイデアがどんどん出てくるということです。
つまり、得意技を掘り下げることが「深化」であると同時に「探索」でもある。まずはそこに経営資源を重点配分することが大事です。得意技を「しくみ」化して事業として迅速にスケールさせていく。その上で、得意分野を少しずつ「ずらし」ていき、近接の新しい市場を開拓していくやり方です。
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