日本経済の成長を支えてきた製造業は、大量生産・大量消費・大量廃棄を前提とした事業モデルだったが、外部不経済が大きいこのモデルは未来への持続可能性がない。そこで、サーキュラーエコノミー(循環経済)へのパラダイム転換が求められているが、製品・材料の回収・再利用コストをいかに引き下げるか、ビジネスモデルをどう変革するかなど問題は山積している。一橋大学ビジネススクール客員教授の名和高司氏と 『2030年のSX戦略 課題解決と利益を両立させる次世代サステナビリティ経営の要諦』の著者、坂野俊哉氏と磯貝友紀氏との対談の第2回は、製造業のサーキュラーエコノミーへの転換の課題について議論した。(写真:洞澤佐智子)

サーキュラーエコノミーがもたらす「2つの自由」

坂野俊哉氏(以下、坂野):戦後の日本経済はものづくりを中心に成長してきましたが、それは大量生産・大量消費・大量廃棄という一方通行の経済モデル、すなわち「リニアエコノミー」でした。しかし、リニアエコノミーをこのまま続けていると地球環境の限界を超えるのは確実であり、資源が足りなくなるのも時間の問題です。

 そこでリニアエコノミーからサーキュラーエコノミーへのパラダイム転換が世界中の製造業の関心事となっていますが、回収コストの問題、資源再利用の仕組みづくりなど、解決すべき課題が山積みです。

磯貝友紀氏(以下、磯貝):サーキュラーエコノミーは、コスト面だけを見ると、課題ばかり目に付きますが、マクロで見ると、サーキュラー化は企業に「2つの自由」をもたらします。1つは「資源枯渇からの自由」、もう1つは「資源産出国への依存からの自由」です。

 さまざまな資源の中でXデーが近いのがレアメタル(希少金属)です。例えば、EV(電気自動車)やスマートフォンに搭載されているリチウム電池に欠かせないコバルトは、2030年に約400キロトンの需要が見込まれますが、供給は193〜217キロトンにとどまる見込みです(欧州委員会調べ)。

 資源枯渇の問題に対応するには、その資源を使わなくて済む新しい技術を開発するか、その資源を再利用してぐるぐると使い回すしかありません。

 前者の戦略を取っているのが米テスラで、コバルトやニッケルを使わないEVバッテリーを開発し、2020年に導入しました。レアメタルを利用しないことで、コスト低減も実現しています。

 後者の代表が米アップルです。同社は回収したiPhoneを解体・分解するロボットの導入と改良を2016年から続けており、2020年には希土類磁石やタングステン、鋼などの材料を回収するロボットも導入しました。アップルによると、2021年にアップル製品で使用された全素材のうち約20%が再生素材となりました。

 長期的に見てテスラとアップルは資源の枯渇、資源産出国への依存という2つの束縛から自由になり、競合他社が資源不足や資源価格の高騰に苦しむ状況になった場合でも、生産を続けられるでしょう。それは、企業価値と競争力がさらに高まることを意味します。

 足元のコスト高を理由に、サーキュラー化に二の足を踏む企業も多いですが、資源の束縛から解放され、長期的な競争力と企業価値を高めるための戦略だとポジティブに捉えることが大事だと思います。

「志」の3要件は「ワクワク」「ならでは」「できる!」

名和高司氏(以下、名和):ブランド調査会社の米インターブランドが発表した「ベスト・グローバル・ブランド2021」(ブランド価値によるトップ100ランキング)では、アップルが9年連続で第1位、テスラはブランド価値を184%アップさせ成長率1位でした。サステナビリティへの先駆的な取り組みが、ブランド価値向上を支えていることを示す結果と言えます。

 インターブランドが発表しているランキングは、財務力、ブランドが購買意思決定に与える影響力、ブランドによる将来収益などを総合的に評価し、ブランドが持つ価値を金額に換算してランク付けしたもので、将来的な企業価値を示す先行指標の1つと捉えることができます。

 無形資産の中で、将来的に最も確実に企業価値につながるのがブランド価値です。これを高めるには、「志(パーパス)」に基づいてブランドを構築することが重要です。ブランドが目指す姿やそれをどのように実現していくかというストーリーが明確でないと、顧客の共感を得ることはできません。志で企業としての原点と未来をつなぐのがコーポレートブランディングの本質と言えます。

 ブランド価値と密接に結び付いているのが、社員のエンゲージメントです。「我が社のパーパスはイケてる」「ブランドの構築に自分も貢献したい」といったように社員が共感やプライドを持てる組織は、創造性や生産性が高まり、ブランド価値も上がるからです。

 将来的に企業の財務価値につながる非財務要素は何かと考えたとき、いろいろなKPI(重要業績評価指標)を設定したくなりますが、究極的にはブランド価値と従業員エンゲージメントの2つを先行指標として見ておけばいいと思います。

名和高司氏 一橋大学ビジネススクール客員教授。三菱商事、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、ボストン コンサルティング グループ シニアアドバイザーに就任。2020年より現職。『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)など著書多数
名和高司氏 一橋大学ビジネススクール客員教授。三菱商事、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2010年に一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授、ボストン コンサルティング グループ シニアアドバイザーに就任。2020年より現職。『パーパス経営』(東洋経済新報社、2021年)など著書多数
[画像のクリックで拡大表示]

次ページ 「サステナビリティに貢献しない事業はやらない」を軸に