変革を続ける日清食品ホールディングス(HD)と安藤家の経営者たちの実像に迫る本連載。前回は37年にわたって日清食品グループのトップを務めてきた安藤宏基氏が「カップヌードルをぶっ潰せ」と過激なスローガンを掲げた理由について聞いた。

 今回は日清食品社長の安藤徳隆氏と、アドバイザーとして同社のプロモーションなどに関わる佐藤可士和氏に、「完全栄養食」のコンセプトが生まれた経緯を聞いた。10年以上の親交があり、普段から経営についても語り合うという2人。佐藤氏の言葉から見えてくる、日清食品と徳隆氏の異質さとは。

■連載予定 ※内容は予告なく変更する場合があります
(1)産声上げた「もう一つの日清食品をつくる」事業
(2)日清食品・安藤家の系譜 しつこく挑む「七転び八起き」の教え
(3)社長の頭の中を見せる 日清食品の「マーケティング会議」に潜入
(4)日清食品、公募で経営人材育成 「ミニ社長」に託すベンチャー魂
(5)「打倒カップヌードル」を掲げたわけ 日清食品・安藤宏基氏の信念
(6)佐藤可士和氏がみる日清食品の異質さ「創造性が経営の中心に」(今回)
(7)300年続く企業になるための挑戦 安藤徳隆氏が見る未来

日清食品のアドバイザーを務める佐藤可士和氏(左)と同社社長の安藤徳隆氏(写真:的野 弘路)
日清食品のアドバイザーを務める佐藤可士和氏(左)と同社社長の安藤徳隆氏(写真:的野 弘路)

佐藤さんはいつから日清食品に関わってきたのですか。

佐藤可士和氏(以下、佐藤氏):2011年に開館した「カップヌードルミュージアム 横浜」(横浜市)のプロデュースを担当したのが最初です。このときは創業者である安藤百福さんが何を考え、なぜイノベーションを起こせたのかを再確認し、日清食品の強みを可視化しました。ゼロから日清食品そのものをブランディングするような作業でした。

安藤徳隆氏(以下、安藤氏):企画に1年、建設に1年で2年かかりましたね。

この作業は後の日清食品にとってどんな意味があったのでしょうか。

安藤氏:このとき、安藤百福が残した多くの言葉を全て振り返りました。ミュージアムの来館者に理解してもらうためには、まずは自分たちが理解しなくてはならないので。

 作業を続ける間、百福が大事にしていた「創造」のエッセンスとは何なのか、重要な言葉を自分の中で無意識に抽出していました。それで「百福イズム」のようなものをシンプルに理解できた。これが、後に自分が経営判断でブレないことにつながったと思います。

佐藤氏:私も2年間、全力で日清食品の本質について考えてきたので、ミュージアムが完成したときには社員以上に「日清食品とは何か」を語れるようになっていました。それから10年以上、徳隆さんとの交流が続いています。

佐藤さんは日清食品のマーケティングにどのようなアドバイスをしてきたのでしょうか。

佐藤氏:マーケティングは「社会とのコミュニケーションをどう取るか」に尽きます。

 マーケティングの対象は商品であったり企業であったりしますが、コミュニケーションを介して向かい合うのは社会です。そのやり取りを戦略的に構築、実践することがマーケティングなのではないかと思っています。

安藤氏:私はマーケティングより「ブランディング」という意識が強いかもしれません。売れなきゃ困るので、ブランド価値の向上が不可欠なのです。

佐藤氏:そう、徳隆さんと私がやっているのはブランディングですね。

 ブランディングというのは個別商品や日清食品という企業のブランドの存在感を、戦略的に社会の中でつくり上げていくことです。視聴者に強烈な刺激を与えるテレビCMも手段の一つですし、売り場やSNS(交流サイト)と組み合わせる手段もあります。

次ページ 「ど派手」に見えて「すごく慎重」