「仲良しグループ」化で成長が止まる

 組織活性化のために心理的安全性は不可欠な要素ですが、心理的安全性があればそれだけで十分かというと、それは大きな間違いです。

 心理的安全性の研究の第一人者であるハーバードビジネススクールのエイミー・エドモンドソン教授は『恐れのない組織』(野澤智子訳、英知出版)の中で、「心理的安全性は、目標達成基準を下げることではない。野心的な目標を設定し、その目標に向かって協働するのに有益」と述べています。つまり、「心理的安全性」と「野心的目標」の両方が必要で、どちらが欠けても機能しないのです。

 心理的安全性と責任がともに低い組織は、メンバーが無気力になります。職場は、形式的で非効率かつ融通の利かない状態になりがちです。心理的安全性が低く責任が高い組織は、メンバーが不安に襲われる。旧来の体育会組織はここに当てはまります。

 一方、心理的安全性は高いが責任は低い組織は、自由放任で居心地はいいけれど、だらしのない感じの空気が広がり、メンバーの成長への意欲も低い。理想的なのは、心理的安全性と責任がともに高い場合です。メンバーそれぞれがリーダーシップを発揮し、日々学び、助け合いながら高い目標に向かって進んでいきます。

 帝京大学ラグビー部では、「逆ピラミッド化」を進めてきた結果、心理的安全性を高めることはできましたが、実は、下級生におけるメンバー一人ひとりの目標達成への責任を高める改革が伴っていなかったため、この図の「快適」ゾーン、つまり「仲良しグループ」に陥っていたのです。

(『逆境を楽しむ力』23ページに掲載)
(『逆境を楽しむ力』23ページに掲載)
[画像のクリックで拡大表示]

「逆ピラミッド化」の誤算が露呈

 それになかなか気づけなかったのには、理由があります。

 「逆ピラミッド化」は1年生の雑用を少しずつ4年生に移していくことで何年もかけて徐々に進めていきました。そのため、2015年に「逆ピラミッド化」がほぼ完成するまでは、程度に差はありますが、1年生でも、4年生でも雑用をしています。そして、2016年の新入生の代から、雑用の負担をほぼなくしました。これが失敗だったと考えています。

 「脱・体育会」の試みは今でも正しいと確信しています。「逆ピラミッド化」も方向性としては間違っていない。ただ、少しやりすぎてしまったのです。

 新たに入部した1年生は、自分たちで雑用をした経験がないので、その大変さがよくわかりません。そのため、4年生や3年生が雑用をしてくれても、「感謝」や「尊敬」の気持ちが芽生えにくい。おそらく高校時代までは、身の回りの世話は、その学生の母親がやってくれることが多かったはずです。その母親役が上級生に代わっただけ、という認識の子が多かったのではないでしょうか。時間的にも心理的にも余裕ができた分、1年生にはやるべきこと(自分づくりと勉強)に全力で取り組む努力義務が暗黙のうちに課されるわけですが、その意識が当事者には希薄だったのかもしれません。

 逆ピラミッド化の誤算はまだあります。

 大学スポーツ(特にチームスポーツ)は、4年生がチームの柱になります。下級生にどんなに有望な選手がいたとしても、4年生が精神的な支柱、屋台骨にならなければ、チームはまとまりません。

 チームには、多かれ少なかれ調子の波があります。全員が達成に向けて努力している目標は、1月のラグビー大学選手権での優勝ですが、そこに至る1年の間には、好不調の波のほか、選手のケガ、寮生活や人間関係でのちょっとした行き違い、家庭の事情など、表にはあまり出てきませんが、小さなことからそれなりに大きなことまで起きます。ラグビーの練習だけでなく、さまざまな試練をチームメンバーが互いに協力して解決し、乗り越えていく必要があるのです。

次ページ 若いチームは逆境にもろい