未来の「あるべき姿」を定めて、その実現シナリオを考える「バックキャスティング」。最近、国や企業でゴールを「2050年」に設定したプロジェクトが増えている。その1つである「ムーンショット型研究開発制度」は、内閣府を中心に40~50年までの社会問題を解決する技術開発に挑む。社会に大きなインパクトを与える技術が具現化した未来、人々はどのように暮らしているのか。日本の30年後を“可視化”してみよう。(この物語は取材を基に未来の社会を可視化するクリエーター集団〔Future Vision Studio〕の榊良祐代表が構成したフィクションです)
■ムーンショット目標3:2050年までに、AIとロボットの共進化により、自ら学習・行動し人と共生するロボットを実現
【イントロダクション】2050年、飛躍的な進化を遂げたAI(人工知能)とロボット技術は、生活のあらゆる場面で人間の活動をサポートする存在になっていた。サイエンスの世界でも人間と共生するAIロボットは大活躍。危険なウイルスを分析する実験やナノレベルの構造体を組む作業など、人の手や五感では困難な研究に大いに貢献している。ハイスピードかつ緻密に動き、膨大な量のデータを学習し、自律的に仮説・検証する。人間にとって大きな負荷だった仕事をこの“相棒”が担ってくれるため、研究者たちは直感や洞察を生かしたより創造的な分野に力を注ぐことができるようになった。日本ではAIロボットが多数配備された研究施設が創設され、世界のトップ研究者とAIロボットがタッグを組み、かつてない速度で知のフロンティアを開拓し始めている。一人のライフサイエンス研究者が、最先端の研究施設で働く30年後のある一日をのぞいてみよう。
『相棒はA Iロボ、世界を変えた科学者ママ』
私は三上カナ。41歳の生物学者だ。3歳の息子を育てる母親でもある。
研究分野はパーソナライズドメディスン(個別化医療)で、一人ひとりの遺伝子や細胞の特性に合わせて専用薬を開発している。誰も病気にならない社会をつくるのが夢だ。
個々人の遺伝子に合わせた医薬品開発には膨大なデータの検証が必要となる。かつては実現不可能と言われていたそうだが、今日ではAIロボットがデータ分析を手伝ってくれる。子育てをしつつ、夢の実現に向けて最短距離で進めるのだ。
AIロボットがいなければ、私はこの仕事を諦めていたと思う。
昔の科学者は実験に使うマウスの餌やりや過去の論文の検証など、煩雑な作業に忙殺されて四六時中研究室に張り付き、寝泊まりしていたと先生からよく聞かされた。本当にすごいと思う。
今日はAIロボットの「メンデル」に昨日お願いしていた検証の報告を聞くミーティングがある。普段はオンラインだが、好奇心旺盛な3歳の息子がメンデルに興味津々なので、月に一度はこうして研究施設を訪れている。
私も新しい発見が生まれるこの場所が好きだ。息子の好奇心から、新しい発見につながったこともある。
カナ:「おはようメンデル。調子はどう?」
メンデル:「おはようございます。昨晩は1000万個の細胞にXY試薬を注入しました。効果が表れたのは12個の細胞です」
カナ:「ありがとう。さすが早いわね。実は昨晩、ひらめいたの。XY試薬にZ試薬を合成して、再試験したらどうなるかしら?」
メンデル:「これまでにない面白い試みです。分子レベルの配合調整で、結果が大きく変わると考えられます。緻密な合成が可能なロボット『フレミング』と連携します」
息子:「ママ、ママ、どうしてこれだけ色が違うの?」
カナ:「本当ね。メンデル、すぐに調べられる?」
メンデル:「分かりました。個の細胞を詳細に分析してみます」
カナ:「うん、お願い」
メンデル:「……結果が出ました。これまでで一番、薬効があると確認されました」
カナ:「この反応って、前例はあるのかしら?」
メンデル:「この分野で過去30年に遡り153件の論文を照会しました。前例は見つかりません」
カナ:「これは、すごい発見かも!」
AIロボットとの共同研究のおかげで、研究者にとって「好奇心」や「未来への願望」がより大切な素養となっている。うちの子の好奇心は私譲り。3歳児の「なぜ?」が、世界を変えることだって十分にあり得るのだ。この3年後、カナは6歳になった息子と一緒に世界的な権威ある賞を受けることになった。
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