未来の「あるべき姿」を定めて、その実現シナリオを考える「バックキャスティング」。最近、国や企業でゴールを「2050年」に設定したプロジェクトが増えている。その一つである「ムーンショット型研究開発制度」は、内閣府を中心に40~50年までの社会問題を解決する技術開発に挑む。社会に大きなインパクトを与える技術が具現化した未来、人々はどのように暮らしているのか。日本の30年後を“可視化”してみよう。(この物語は取材を基に未来の社会を可視化するクリエーター集団〔Future Vision Studio〕の榊良祐代表が構成したフィクションです)

■ムーンショット目標2:「超早期に疾患の予測・予防をすることができる社会」が実現した2050年代のある一日

【イントロダクション】2050年、日本では通称「病気予測」と呼ばれる、超早期に疾病を発見するためのスマートヘルスサービスへの加入が奨励され ている。この時代の医療は、臓器と臓器をつなぐネットワークの異変をいち早く検知することで、病気になる前の些細(ささい)な変化に対処して、体を健康な状態に保つ技術が確立している。がんや糖尿病、アルツハイマー病などにかかるリスクを、体内で起きている変化を日々測定することで、10~30年も前に兆候として捉えることができるのだ。未然に疾病リスクを防ぐ今日(2050年)の医療において、「急に病には陥らない。大病を避けるチェックアップが肝心」という考え方が定着した。万が一、病気になったとしても「オルガノイド」と呼ばれる自分の細胞から複製した“ミニチュアの臓器”で様々な薬や治療法をあらかじめ試し、ほぼ確実に病を治せる「オーダーメード医療」が可能となった。医療は病気を「治療」する時代から、まだ病気に至らない「未病」の段階で回復させる新時代へ。病気との根本的な関わり方は大きく変化している。

『独身アラサー男性のデジタルヘルスライフ』

日々の暮らしの中で生体情報を収集し、将来の病気のリスク予報が可能となった2050年の暮らし(イラスト:よー清水、Future Vision Studio)
日々の暮らしの中で生体情報を収集し、将来の病気のリスク予報が可能となった2050年の暮らし(イラスト:よー清水、Future Vision Studio)
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 昼すぎに目が覚めた。
ずっしりと重たい頭と体を、なんとか起こして、しゃがれた声で、朝の恒例の挨拶をする。

「おはよう。ドクター。今日の体調は?」

AI(人工知能)ドクター:「ルイさん、おはようございます。昨晩ちょっと飲み過ぎたみたいですね。肝機能が30%落ちています」
「はは、やっぱり?」

 僕は南山類。32歳。独身。
仕事と飲み会が中心のかなり不規則な生活で、運動も大学卒業以来まともにしていない。 さすがに最近、体力の衰えを感じている今日このごろだ。

「ちょっとまずいかな……」と同僚に相談したところ、超早期に疾患を予測・予防するAIプラットフォーム「スマートヘルス予測サービス」を紹介してくれた。早速、登録。通称「病気予報士」と呼ばれるこのサービスは、今や日本人の約半分が登録している。

 ほとんどの人が1つは持っているウエアラブルセンサーやIoT(あらゆるモノがネットにつながる)トイレなどと連係し、日々の生活習慣から超早期に病気の種を発見してくれる。そのうえ、AIドクターやAI栄養士、AIトレーナーの3人が定期的にオンラインで健康的な生活をフルサポートしてくれるから、独り身であるうえにずぼらな僕には欠かせないパートナーだ。

 ちょうど今日は、月に1度の「病気予報士3人衆」とのミーティング日だった。

AIドクター:「ルイさん、3年後の肥満リスクが15%、糖尿病リスクは先月より2%アップしました。臓器間ネットワークに3カ所の黄色信号が出ていますね。このままでは3年後に動脈硬化になるリスクが5%上がってしまいますよ」

ルイ:「あちゃー、やっぱりそうなるか。最近飲み会続いたからなぁ。まずは肥満リスクをなんとかしたいな」

AI栄養士:「では、ルイさんの肥満要因を低減するパーソナルサプリをご用意しますね。パーソナル弁当も3D(3次元)プリントしましょうか?」

ルイ:「肉が入っているやつをお願い!」

AI栄養士:「では、大豆ミートでご用意しますね。」

AIトレーナー:「トレーニングメニューも作成してみました。今日はまず、10分ほど近所を散歩してみるところから始めませんか? お天気もいいですし」

AIドクター:「今日から始めると、肥満リスクが効率的に下がりますよ」

ルイ:「えー、めんどくさいけど……そうだね。やってみるよ!」

 こんな感じで、僕の病気予報士たちは、月に一度厳しめのアドバイスをしてくれる。ちなみに、「病気予報士」の通知レベルは目標や体調に合わせて細かく設定できる。僕は危機感をあおられないとダラけるタイプなので、リスクが懸念される疾病の「病名」や「発症タイミング」まで、具体的に指摘してもらうよう設定している。ちょっと怖いけどね。

 病気予報士が蓄積したデータは、提携する世界中のレストランやジム、ホテルなどと共有している。街に出かけても僕に最適化されたサービスを常に提供してくれる。つまり、知らぬ間に健康になっていくというわけだ。

 おかげで、独り身な上にずぼらな僕でも、健康に対しては不安のない日々を送れる。「病気予報士」が浸透した僕らの世代は「病院」という施設に行った人がほとんどいないんじゃないかな。発症する前に大概は治ってしまうからね。

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この記事はシリーズ「日本2050 ムーンショットが示す未来」に収容されています。WATCHすると、トップページやマイページで新たな記事の配信が確認できるほか、スマートフォン向けアプリでも記事更新の通知を受け取ることができます。