「AIが出した答え」はまだ、当てにならない
安田洋祐氏(以下、安田氏):僕は、大学の外の仕事はメディアや政府系のものが多くて、民間企業のコンサルテーションの経験はまだ浅いです。星野さんはエコノミクスデザインを共同創業する前から、ずっと個人としても多くの企業のコンサルティングをしてきましたよね。
そこでぜひお聞きしてみたいのは、どういう企業だと、より経済学を有効活用できるかということです。この対談の第1回では、日本企業はKPI(重要業績評価指標)・KGI(重要目標達成指標)など、はやりのマーケティング理論のコンセプトに飛びつく傾向があるという話がありました。一方で、経営学と経済学、それぞれに強みがあって、企業は双方を補完的に活用することで利益を最大化できるんじゃないか、という気がします。
星野崇宏氏(以下、星野氏):そうですね。例えばウェブ系で特定のサービスだけを提供しているなど、資源の投入先はほぼクリエーティブだけで、売り上げの何%が利益になる、というようなシンプルなビジネスだったら、KPIやKGIを導入してうまく回るということがあるかもしれません。
安田氏:なるほど。ただ、多くの企業はもう少しビジネスの構造が複雑かもしれませんね。
星野氏:広告宣伝部もあれば販売部もあり、営業部もあり、というように、複数の部門が予算の取り合いをする。そこで感覚的に「とりあえず今年は、広告に5億円、営業に3億円」みたいに決めるのではなくて、単一の指標で考えるという発想を持つだけで戦略が変わってくると思います。
安田氏:それぞれの部門や部署で、それなりに部分最適はできているけれども、全体のバランスを取るために何かしら標準となる視点が必要だ、という問題意識のある企業には、経済学者のコンサルティングがフィットしそう、ということですね。
そしてその場合は、やはり全体を見渡しながら利益、あるいは利益に代理されるような変数を見いだして総合的に勘案していくわけで、それには一定の時間がかかるはずです。
星野氏:確かに特定の指標を改善する結果を得るよりは、ずっと時間がかかるでしょう。
安田氏:そうですよね。例えば「クリック率の改善」であれば、何か新しいアルゴリズムを導入して改善されたらよしという具合に、かなり短いタイムスパンで結果が分かります。でも、利益に直結するような統一的な指標で各部門のバランスを変えていったときに、それほど短期間では「これが最適なバランスだ」「これが利益を最大化する、あるいは改善するアプローチである」というのは見いだせないかもしれないですよね。
そうなると、やはり時間軸的にちょっと余裕があるような企業のほうが、経済学者のコンサルティングは向いているんじゃないかなという気がします。
星野氏:そういった本質的な利益改善を全社的に行うには、時間もですが、経営者のコミットが必要ですよね。
ただ、全体的な最適化ではなくても、工学的なデータサイエンスのアプローチで大失敗したことで、私のところに持ち込まれる案件は多いです。ビッグデータをとりあえずAI(人工知能)に放り込めばいいという発想で行われた施策の多くは、因果関係、つまり本当の変数間の関係が分からず、失敗してしまいます。例えば「どういうウェブ広告にしたらクリック率が上がるのか」をAIに考えさせると、全然うまくいかないことがあるんです。
安田氏:データ解析で簡単に最適化できるかと思いきや。
星野氏:そうなんです。というのも、ウェブ広告にはもともとクリック率が高い分野と低い分野があります。例えば「ゲームのウェブ広告のクリック率は高いけれども、投資信託など金融のウェブ広告はクリック率が低い」。そして、「ゲームのウェブ広告にはアニメ画像がよく使われる」。そこで、金融のウェブ広告のクリック率を上げるにはどうするかをAIに解析させたら、何が出てくるかというと……。
安田氏:なるほど、「アニメを使えばいい」となるわけだ。でもゲームのウェブ広告ならアニメを使うのは自然かもしれませんが、金融のウェブ広告にアニメを入れたところで恐らくクリック率は上がりませんよね。見る人が求めているものが違いますから。
星野氏:つまり業界によって適しているクリエーティブは違うはずなのに、そこを無視して単に表面的に見えているものだけで考えてしまうと、変な相関があたかも合理的であるかのように思えてしまうんです。それで、「アニメ画像を使えばクリック率が高くなるから、金融のウェブ広告でもアニメを入れましょう」みたいな話になってしまうんですね。
その点、経済学者は、見た目の関係の背後にある因果の網を丁寧に解きほぐして見ていくということを徹底的にやってきたので、表面的な相関に惑わされずに、より精度の高い判断を下す助けになれると思います。
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